第2章 4-2 アーリー襲撃
それにしては、ずいぶんと威容がある。と、ファーガスが思ったとき、窓口から中年の男性職員が顔を出し、
「アーリーさん、どうぞ、お入りください」
と声をかけ、瞑想していたアーリーがすっくと立ち上がって、職員が思わず小窓から見上げて、「うへぁ」と声を出した。
アーリーがドアを開け、身を屈めて部屋に入ろうとしたとき、その鋭い眼光がふと、廊下の奥でこちらを見つめていたファーガスをとらえた。ファーガスはその赤い瞳に見すえられ、思わず、目礼をした。アーリーも、軽く会釈をして、そのまま部屋に入った。
ファーガスは呆然としてそのアーリーの立っていた場所を見つめていた。
(アーリーだと……あやつが……)
このスターラ副総督ファーガスこそ、メストの幹部の一人、仮面であった。
アーリーは期せずして、メストの幹部全員と邂逅したことになる。
ファーガスは口元をひん曲げ、鼻息も荒くその場をあとにした。
スターラのフルト達を管轄する係の部屋に入ったアーリーは、責任者と半刻(約一時間)ほど話をしたところで閉庁時間となり、その日はそれで引き上げることにした。サラティスと違い、スターラはガリア遣いと行政が密着しておらず、登録制も名ばかりで、モグリのフルトが山ほどいる。というのも、登録するメリットが何も無いからだった。
そのようでは、いざというときガリア遣いを集めて兵士にすることはできない。志願兵など募っている余裕は無い。サラティスですら、夏のデリナ撃退戦において、いったい今バスクが何人街に残っているのか誰も把握していなかった。盗賊まがいのガリア遣いはそもそも役に立たないだろうが、せめて、政府から身分の保証を受けられたならば、まだおちついてまともに竜退治に集中もできるというものだろう。
庁舎を出ると、すっかり暗くなっていた。建物から漏れる灯の他、通りのそこかしこに松明やランプ街灯がある。工業区の方では実験的にガス灯まで整備されていた。
その幻想的な灯の中に、暗闇から白いものがしんしんと降り出した。雪が降ってきたのである。通りを歩いていた人々はついに来たかという顔つきになり、足早に家路につき始めた。
赤竜の血を引くアーリーも、水も苦手だが寒いのはもっと苦手だった。大股で、ホテルへ戻る。朝食以外に何も食べていないので、腹もすいていた。しかし、食料難にあえぐここでは金に任せても、とてもこれまでのように鱈腹食べられるというわけにはゆかないだろう。そこも、アーリーにとっての辛抱だった。
アーリーは近道をしようと、表通りから路地を通り、裏道に入った。
そこからしばらく歩き、裏通りではあるが、広い交差点を有する四つ辻にさしかかった時だった。
「む……」
アーリーが立ち止まる。
うっすらと積雪のある街路灯の炎の光も薄い辻の三方から、待機していたものか、ここまでうまく着けおおせてきたものか、バラバラと不審者がアーリーめがけて現れた。三方がそれぞれ三人、二人、二人であったから、その数、七人。ざっと観て全員女のようであるし、手に手に剣、手槍、ナイフ……あとは確認するまでもない有象無象のガリアを手にしているので、みなガリア遣いだった。盗賊ではあるまい。
覆面か、仮面か……いや、バーケンか、ファーガスか、はてはレブラッシュか、何にせよいずれかの組織の手の者だろう。
「メスト」だ!
三方がふさがり、一方が空いている場合はそこにまず逃げ様子を伺うのが定石だが、攻める方としては空いている所へ誘いこんで、そこへ最も強力な伏兵を忍ばせるのが定石だった。アーリーとしてはあえてその定石に乗るという手もある。
しかし、眼前の、こんなあからさまな捨て駒相手に背中を見せるのも面白くない。
アーリー、微動だにせず、暗がりに薄ら笑うのみであった。
暗殺者たちはさすが暗殺業に慣れているためか、「何を笑っている!?」などと余計な口はきかない。ただ、ガリアも出さずアーリーが佇んでいるのがむしろ不気味なのだった。
しばし時間が流れ、アーリーと暗殺者たちのの肩や頭上に雪が積もり始めたころ、どこからか鳥の声のような鋭い音がした。それを合図に、三方から暗殺者たちがいっせいに走り寄る!
突如、オレンジの閃光が辻を照らしつけ、降りしきる雪を蒸発させた。アーリーの手にはガリア……は無かった。なんと、アーリーは巨大な炎の塊だけを、その天に向けた両掌へ出現させたのだ。
この北方でもアーリーの炎はなんら衰えない。
アーリーの精神の、魂魄の、赤竜の血の炎だった。また、スターラは工房都市でもあり、街じゅうに金属を精錬加工する灼熱の火が無数にある。その尋常ならざる火気をも吸収して、アーリーは自らの炎とすることができる。炎熱の類の力を持つガリア遣いは数多いれども、アーリーのその力は段違いでぶっちぎりに別次元だ。