第2章 3-1 鎧の間
マレッティはむしろ感心してしまった。それほどカルマの経理担当である黒猫は吝嗇家だ。
「いや……カルマではない。私の個人資産だ」
「へええ……」
マレッティは余計に感心した。その、フルトとかいう実力も定かではないガリア遣い達の組織を立ち上げるのに、そこまでする価値があるというのだろうか。
「直接アーリーがお金出した方が、早いんじゃないのお?」
「それでは、いざという時……最終局面でフルトたちは動かないだろう……スターラの人間が出さなくては」
「おんなじことよ。……ま、別にいいけどお」
自分の金は動かないと知って、マレッティはどうでも良くなった。
「で? 頼むあてはあるのお?」
「ガイアゲン商会というところだ」
「アーリー、一人で行くんでしょ?」
「そのつもりだ」
「あたしはちょっと……個人的に行っておきたいところがあるから……。しばらく戻らないかもしれないけど、心配しないでねえ」
マレッティはそう云うと、またフードを深くかぶり、まずは自分の部屋へ行ってしまった。ホテルの中でも、フードをかぶって廊下を行き来するとは。
「あの……あたしは……」
「カンナはここにいて休んでいろ。今日は、外は空気が悪い」
「はい……」
カンナは言葉に甘えて部屋で休むことにした。そのまま、アーリーの部屋を出る。
アーリーはさっそく、一人でホテルを出た。
3
スターラでも五本の指に入る大手商会のひとつが、ガイアゲン商会だった。規模としては、スターラで最も大きな資本と資金、規模を持つグラントローメラ商会に迫る二番手だ。工業区から商業区へゆったりと歩き、アーリーはあまり急がずに向かった。予約まで時間に余裕があったからだ。
そのアーリーの後ろを、既に何人もの追手がひそかに迫っていたが、それに気づかぬアーリーではない。
アーリーは、カンナもマレッティも見たことのない不気味で酷薄、戦闘的な薄笑いを浮かべつつ、素知らぬ顔でガイアゲン商会の本部ビルまで歩いた。
街中に大きな敷地を持ち、高い煉瓦塀と門があって、四人もの衛兵がいた。みな立派な制服を着て、若い女性だった。ガリア遣いである。この門を護るのだから、かなりの遣い手と観てよいだろう。
グラントローメラ商会はスターラの物流を牛耳る最大手だが、食糧や金属製品の取り扱いが主で、ガイアゲン商会は主に鉱石や石炭などの原材料を取り扱い、また何といっても鉄鋼や他金属の精錬工場の六割以上を資本支配する製造の大元締めだった。
門番のガリア遣い達は人込みの中から現れて近づくアーリーの威容を見ただけで凄腕のガリア遣いであると看破し、見惚れると同時に身構えた。
「と……!」
一人がアーリーを止めようとしたが、声が出なかった。
アーリーが気をつかって歩みを止める。
「……し、失礼だが、ガイアゲン商会本部へ何用でしょうか」
大柄で目つきも鋭い一人が、勇気をもってアーリーを誰何した。アーリーの顔がややほころんで、四人をいくぶんか安堵させた。
「私はサラティスのカルマ代表である、アーリーだ。支配人には既に予定を入れてある。つないでもらいたい」
「サラティスの……アーリー……!」
「貴女が……どおりで……!」
四人が驚きと憧憬、さらには有名人に出会った興奮で色めきだった。
急いで一人が通用門を開けて敷地の中へ入り、走って建物まで行くと、ややしばらく経って息せき切って戻ってきた。
「ど、どうぞ、中へお入りください……当商会支配人のレブラッシュがお待ちです」
アーリーがうなずいて、身を屈めて通用門を通った。中には、既に案内係の身なりの正しい老爺が待っていた。
「ようこそいらっしゃいました、アーリー様。どうぞこちらへ」
笑顔の老爺に案内され、アーリーは建物まで歩き、大きな両扉の正面玄関から中に入って、さらにロビー正面の階段を上がり、二階の応接間へ通された。
特に高級な北部の稀少木材をふんだんに使ったゴシック調の部屋で、なにより目を引いたのは旧連合王国時代の板金鎧コレクションだった。実戦的なもの、装飾用のもの、さまざまな種類のものが並んでいる。当主か、支配人の趣味なのだろう。ざっと数えて、十はあった。