第2章 2-1 北の工業都市
「目標を探すのも仕事の内だ。それぞれの手下を使って、探したもの勝ちだろうが」
「ごもっとも」
バーケンと甲冑が、同時にうなずく。
「では、そういうことだな。賞金の額はどうしようか。てはじめに……ダールであるアーリーが二千トリアン。マレッティが八百、カンナが五百。モールニヤが探索費も含めて六百でどうだ?」
「よろしいでしょう」
甲冑もうなずき、当面の賞金額も決定した。討ち漏らせば、その後も値はあがり続ける。
「しかし、そちらはシロンがおらず、手駒がありますか?」
「余計な心配は無用」
甲冑に云われ、仮面がもう立ち上がった。
「シロンと実力伯仲の駒がいくらでもあるわ」
「では、私も。マウーラは中堅ほどでしたから。駒は残っています」
甲冑も立った。
「もちろん、ひとつの駒も失っていない私が最も有利ですが、よろしいのですな?」
「かまわんよ」
「かまいません」
バーケンを置いて、仮面と甲冑が闇の奥へ消える。バーケンはまたややしばらくそのまま椅子に座っていたが、やがて満足げに含み笑いを漏らして、最後に席を立った。
2
かつての要塞都市「北方の要」スターラは、サラティスがちょうど都市を囲む城壁を拡張しているころ、逆に古くなった古代よりの城壁をすべて取り払うという英断をした。結果、サラティスの人口増加は抑えられ、スターラは周辺住民がなだれ込んで都市は拡張、発展した。
大誤算は、竜の出現である。
竜は主にパウゲン連山の南側に多く出現し、特にサラティスは竜との戦いの最前線に立たされた。スターラでは北方種の竜が冬季に集中して現れるだけで、夏場はそれほど多くの竜は出現しなかったが、そこは竜である。土壌改良と北国用の穀物の品種改良が遅れ、また農村人口が都市に流入し、ただでさえ急激な人口増加に食糧の増産が追い付いていなかったスターラの貧弱な田園地帯に、夏場に数頭の竜が出現するだけで大打撃をこうむった。畑は焼かれ、作物や人が喰われ、治安が乱れて盗賊が跋扈。おまけに都市からの重金属汚水の排出問題に、竜や盗賊の恐怖により農民が耕作地を放棄して流民化……さらにスターラへ押し寄せた。くわえて三年ほど麦角菌の流行があって、ライ麦パンの食中毒死が相次いで、さらに農民が絶望的に畑作を捨てたことが追い打ちをかけた。
そして、サラティスと決定的に異なったのは、ガリア遣いの組織が未だに機能していないことにある。つまり、スターラではガリア遣いは金持ちの依頼でしか竜を退治しない。夏に少量出る竜は、退治料と見返りが割りあわないので有力者から放置されている。金持ちは少ない食料を買い占め、さらに自家農園で自給できるが、貧民はたまったものではない。
都市政府はこの十数年ほどでようやく重い腰を上げて食糧対策に乗り出し、寒冷地に耐えるウガマール芋の高地種の導入を試みたり、ライ麦や小麦の増産のための品種改良に取り組んだり、火山灰性の土壌そのものの改良に着手したりしているが、まだ目立った効果はない。
そもそも、なぜスターラに人が集まるのかというと、スターラは重工業都市なのである。ウガマールやラズィンバーグに金属加工の材料である半製品としての鉄、鋼、金銀銅、白金、鉛、その他希少金属類を輸出し、また石炭も大量に輸出している。その精錬製造工場での賃金は、そこらの畑で竜や盗賊におびえながら細々と作物を作るよりはるかに良い。
そんなわけで、スターラは大きく分けて工業区、商業区、行政区、住居区に整然と分けられており、住居区は高級住宅区と一般住居区とが厳然と区別され、住民の自由な出入りも禁止されていた。また、貧民街は都市を囲むように広がっている。雑多で情緒ある古代よりの町割りがいまだに残るサラティスと、決定的に異なっていた。
人口は、サラティスの三倍を超える、約十万人余を有していた。
「で? あたしたちの宿はどこよお? あんまり目立つとこは駄目よお」
まだフードを取らないマレッティが、人込みを器用にかき分けて、前を行くアーリーへ云うものの、どうも雑踏の音で聞こえていないようだった。
「すみませ……あっ、すみ……あっ、すみま……あっ……」
道行く人々にもみくちゃにされ、カンナはどんどん二人から遅れてしまう。
「ちょっと、アーリー! カンナちゃんが迷子になるわよ!」
アーリーが振り返った。スターラ人は背が大きいが、それでもアーリーのほうが頭一つ大きいため、カンナを素早く見つけて、手招きする。カンナも、アーリーの赤い髪を目印になんとか合流できた。こんな場所で迷子になっては一大事だ。
「ありが……ゲホッ……ありがとうござ……ゲホッ、ゲホッ……」
カンナはせき込み、メガネを取って目をこすった。美しい翡翠色の目が充血する。
「ここは空気が悪いからあ……ちょっとアーリー、なんでこんな工業区に来たわけえ?」