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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第3部「北都の暗殺者」
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第1章 5 スラータ到着

 5


 地平線の奥の冬木立の森のど真ん中より、もうもうと黒煙が上がって、隊商がどよめきだした。火が、晩秋……いや、初冬の風に乗って瞬く間に森林を嘗めて行く。夕暮れに近いが、明日の朝まで待ってライバとカンナが戻ってこなかったら出立しようと打ち合わせが終わったころだった。


 「ふ、ふ……」


 仁王立ちで両腕を組んだアーリーがうれしそうな笑みを浮かべてその狼煙(のろし)を見つめた。後ろからフードをとらないマレッティが近づき、もそもそとそのフードの奥より聞こえにくい声を出す。


 「あんな腐れ盗賊ごとき、カンナちゃんが本気を出したんなら、虫みたいにひねり潰されたでしょおねえ」


 「問題は、盗賊ども相手に本気を出せるかどうかだったが、問題なかったようだな」


 「そうかしら……まだ、急にキレるところがあるから。キレた後で我に返って、落ち込むかもよ」


 「それを繰り返して、一人前ひとりまえのガリア遣いとなる。本物の……超一流のな。真のカルマとしての」


 「たぶん、護衛のガリア遣いもいたでしょうけど」

 「そんなもの、カンナの敵ではない」

 「でしょおねえ。盗人の用心棒ごときじゃあねえ」


 その会話に耳をそばだてつつ、バーケンも、何とも云えぬ複雑な表情で黒煙を見つめていた。つまり、意外さと、カンナを見直す気持ちと、自らの計略が失敗した苦さだった。


 (まさか、あのマヌケ面の小娘が、あの盗賊団を打ち破るとは……いや、しょせんはあんな三下のガリア遣いが相手をするような器ではなかったということか。逆の意味での。腐っても、サラティスのカルマ……か。デリナとかいうダールを一騎打ちで追い帰したのはアーリーではなくあの小娘だという噂は、本当なのやも……?)


 バーケンの瞳が、細く、底知れない闇と光をたたえはじめた。考えを改め、計略を練り直さなければならない。

 


 かなり暗くなりかけたころ、なだらかに続く枯れ野に荷馬車が忽然と現れ、ゆるやかに隊商へ合流した。連続した瞬間移動でカンナは再び気分を悪くし、乗り物酔いに近い症状で苦しんでいた。荷馬車を降りるや、すぐにフード姿のマレッティが傍へ寄って、介抱してやる。馬車を商会の人間へ引き渡し、ライバも一息ついた。


 「ご苦労だったな」

 松明を手にしたアーリーがライバを労った。

 「えっ……いえ、カンナさんが、ご活躍を」

 「後始末は、お前がしてくれたのだろう?」


 ライバは息をのんだ。その松明の揺れる火を映す大きく開かれた瞳孔の赤い瞳が、全てを見抜いているようで、ライバはアーリーの美しくも凛々しい、古代の彫像めいた顔に魅入られた。


 「礼を云う」

 「そ……そのようなお言葉、もったいない……」

 ライバは顔を赤らめ、視線を外した。


 「仲間が死んでしまったが」

 「しかたありません。……あいつは……」


 ライバは、そこまで云って口をつぐんだ。アーリーもまた、それ以上、余計なことは聴かなかった。



 翌日。


 カンナはまだ体調が優れなかったが、隊商は待ってはくれない。半日の遅れを取り戻すように、やや急ぎ足で出発した。初めに矢を射かけてきた盗賊たちも、本体がやられてしまって霧散したのだろう。その後は何事もなかった。単発の襲撃も無かった。あの山火事は、確かに威嚇になったのだろう。ベルガンを出てから十日目の朝早く、街道の行き先の遠くに、街並みが見え始めた。大きい。かつてのサティス=ラウ連合王国の北方の要、スターラだ。サラティスと異なって、かつてあった城壁は取り除かれ、都市は今でもゆるやかに拡張している。裾野が広がり、サラティスの三倍は街並みがなだらかな丘の上に広がっていた。


 やがて隊商は大きな古代門の跡に到達し、柱だけが残っているその石造りの建造物の合間を通った。この柱はなんと、大理石の巨大一枚岩を掘り抜いて作られたものであった。


 まだ街は遠かったが、関所があった。建物が大きい。隊商が止まる。立派な制服に身を包んだ衛兵と、色違いでさらに立派な制服のガリア遣いが混じって現れ、バーケンがいそいそと前に出て諸手続きをはじめた。なぜガリア遣いと分かったかというと、既に手へガリアを持っていたからだ。その鋭い眼でアーリーやカンナ、ライバたちをにらみつけ、またアーリーもにらみ返した。


 大規模な隊商だったので手続きはやや時間がかかったが、通行税も納め、無事に通行を認められた。入都滞在許可証を手にしたバーテンがゆったりと戻ってきて、荷馬車のかたわらに立っていたアーリーへ満足げにうなずいた。これをもって、隊商はスターラへ到着した。


 「滞在許可証といっても、町はあの通り既に城壁がございませんもので……サラティスとちがって、中は不法滞在者がウヨウヨいますよ。これは、儀式みたいなもので。ただ、市民証や入都滞在許可証をもっていないものは、人として扱われません。これは、スターラでは命の次に大事なものですよ。無くさないようにしてください」


 余所者であるアーリーらにとっては、確かにその通りなのだろう。バーケンが手ずから、アーリー達へ頑丈な竜革を加工して作られた入都滞在許可証を渡す。番号が振ってある。この番号で、都市政府に登録されるのだという。またアーリー達はグラントローメラ商会の雇い人という形なので、商会が保証人となり、手続きが早くすんだ。これがアーリー達だけだったら、どれだけの時間と入都税をとられたかしれない。


 街に入り、スターラのとある商業区画にある商会所有の巨大で頑丈、警備もすさまじい倉庫の前で、アーリー達は彼女たちにしてみれば、たとえライバより十倍といえどゴミのような駄賃を貰って解散となった。荷物が次々と使用人によって倉庫の中へ運ばれる。それを遠巻きに、路上から、建物の影から、無数の飢えた眼が見つめているのが、アーリー達にも分かった。ライバも、三人とそれぞれ握手をして(もっとも、マレッティはライバの差し出した手を無視したが)挨拶をすると、別れてどこかへ行ってしまった。カンナは、これからどうするのかアーリーを見つめた。


 「で? モルニャンちゃんはどこにいるわけえ!?」

 マレッティが、フードの奥より聴こえにくい声を出した。


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