第1章 4-4 帰還
「そ、そう……」
まるで竜でも倒したかのように語るライバにカンナは激しい違和感を覚えたが、これがスターラの現実というやつなのだろう。スターラでは、ガリアは人と戦うために……人を殺すためにあるのだ。
(竜を殺すのも、人を殺すのも、同じってこと……?)
カンナは、わけが分からなくなってきた。
「大丈夫ですか? まだ気分が?」
ライバが心配して、また水筒から水をくれる。
「ありがとうございます」
カンナは口を濯ぎ、眼をつむって大きく息をついた。臭いも感じなくなってきた。
「戻りますか……」
あの騒動にもびくともせずに離れた場所で佇んでいる大きな馬と荷馬車をみやり、カンナはつぶやいた。
「そうですね」
ライバも同意したが、周囲の死体の山を見やって、
「戻る前に、せめて、燃やしましょう。狼煙がわりにもなって、隊商に知らせることもできますし。砦の中に連中が使っていた油樽がありましたから、油をぶちまけてきます。カンナさんのガリアで、火をつけてください。枯れ蔦やなんやにおおわれてますし、火は点くと思いますよ。死体もまあまあ焼却できる温度になると思います」
「……燃え広がって、野火になりませんか? 周囲の林を焼くことになるかも」
「山火事になったって、周りに誰も住んでませんよ。むしろ、よけいな藪が消えて街道の安全が確保されますでしょう」
云うや、ライバが瞬間移動で消えた。砦跡の中に入ったのだろう。すぐに戻ってくる。目の前にパッとあらわれるので、カンナもびっくりする。これは、慣れない。
ライバの手に油がついていた。黒く、そして変な臭いがする。
「く……くさいですね、なんの油なんですか」
カンナが眉をひそめた。これまでにない、独特の臭いだ。およそ、生き物から採取したものとは思えない無機質な刺激臭だった。音圧にすりつぶされた死体の臭いを超えて鼻につく。
「ああ……これは石油ですよ。スターラの領内では、石炭や各種の鉱石が採れるほかに、石油も湧いてるんです。油井があるんですよ」
「ゆせ……?」
カンナは意味が分からなかった。それ以上、追求する気にもなれないので何も聞かなかった。
二人がガリアを使って枯れ木や芝を集め、反対側へ回ったところにある砦の入り口を塞ぐように積み上げ、通路の奥にも詰め込んだ。ガリアといえども刃物なので、芝くらいは刈ることができる。やがて、油樽二つをひっくり返した、さらさらの原油が入り口まで流れてきた。石油とやらの臭いもすごい漂っている。
カンナは黒剣より電光を発しようと思い、思い立って剣を消して、その掌から電撃を発することを試みた。アーリーがその手から炎を出したり、バルビィが手の中で火花を散らしたりしたように。
試みはなかなかうまくゆかなかったが、やがてバチバチと小さな火花が散りだした。カンナは竜や先ほどの敵ガリア遣いを想像して、共鳴している気になった。疑似共鳴だ。心の中で低音が響き、やおら右手から強烈な発光と電気の放出があって、一撃で点火に成功した。カンナは満足げに右手をみつめた。
砦の中には既に原油から立ちのぼった可燃性のガスが充満しており、石造りの砦の中はたちまち炎にくるまれた。盗賊たちの生活用品や貯めこんだ盗品が燃え、かつて窓だった穴より煙と火が噴きあがる。それが砦をおおう植物に引火し、砦全体がたちまち業火に包まれた。
さらに、周囲の立ち木へ引火する。
「に、逃げましょうか、カンナさん」
思いのほか早く広がりだした炎と煙にライバが慌てだし、奪われた荷馬車へカンナを連れて飛び乗ると、器用に馬を操ってその場を後にした。荒れ地で揺れながらカンナが振り返ると、轟々と森が炎に包まれている。
「ひゃー……」
カンナはあまりの火の勢いに驚きを隠せなかった。あんなことをしてしまって、本当に良かったのか。
「カンナさん、ちょいと急ぎますよ」
え? まさか?
カンナが何か云う前に、ライバは荷馬車ごと瞬間移動を開始した。