第1章 4-3 決着
クラリアがガリアをさらに締めつけ、カンナの足を止めた。そこにカロリアーヌが肉薄、風切りを飛ばしつけつつ、カンナの息を再び止めに入った。
カンナがぐっと息をつまらせて前のめりになった瞬間を見極め、灼熱剣を振りかざし、ヨーナが真正面から吶喊する!
ヴォグアァ!!
空気が爆発し、ヨーナの肉体がひしゃげ、百キュルト(約十メートル)も凄まじい速度でぶっとんで砦の石壁に叩きつけられる。骨も何も砕け、真っ赤な肉塊となって内臓と血液と骨片をまき散らして、死屍累々となっている盗賊たちの仲間入りをした。まるで数百キュルト上空から落下したかのごとくだ。
衝撃波をくらい、同じく吹き飛ばされて地面を転がったカロリアーヌとクラリアは、ヨーナの惨劇を確認する間も無かった。カロリアーヌは耳をやられ、何も聴こえなくなって疼痛に苦しんだ。ガリアも消えてしまった。こんなはずでは……こんなはずではなかった。このメガネの餓鬼をたやすく殺して、裏社会で名を知らぬものはないメストとしてやり直せるはずだった。
血のあふれ出る耳を押さえ、歯を食いしばって振り返ると、ガリアの皮紐を雷で焼き切ったカンナが、無防備なクラリアへ襲いかかっているのが見えた。悲鳴は聴こえない。何も聴こえない。何も。カンナの黒い剣……雷紋黒曜共鳴剣がクラリアの胸板を貫いて、雷撃がその肉体を焼き尽くす様が、全て無音で行われていた。クラリアの顔が恐怖と苦痛で人とは思えぬほど歪みきって、黒焦げとなって崩れた。
自分でなにかを叫んだが、何も聴こえなかった。カロリアーヌは恐慌状態となって言葉も無く獣のように喚いて、自分ではその音を聞くことができず、とにかく逃げ出した。とたん、全身をとてつもない衝撃と熱が貫いて、脳天から爪先まで裂かれたかに思ったら、一撃で意識が無くなった。そして二度と目を覚まさなかった。
「ハア……ハア……」
カンナは荒く息をつき、黒剣を下ろした。
戦ってみれば他愛もない、あのパーキャス諸島のガリア遣いたちとは比べ物にならないほどの弱さだったが、自分の気の弛みでガリアというのはたやすくその力を停止することを今更ながら学んだ。ガリアは精神であり、心そのものなのだから。
戦いの興奮が納まると、火照っていた身体も急に冷えてきて、風に震えた。砦の中に進入したはずのライバはどうなっただろうか。
しかし、カンナ、砦の中に入ろうとは微塵も思わなかった。中にはどのような光景があるのか、どうしても目にしたくない。
とはいえ、改めておのれの所業を確認するのも残酷だった。砦の、この裏手の庭のような広場は、十幾つかの死体で埋めつくされている。しかも、全てが黒こげ、またはぺしゃんこ、もしくは引きちぎれてバラバラと、およそ人の形をしていない。まるで竜にでも襲われ、食いつくされ、踏みにじられたかのようだった。あまりにぐちゃぐちゃなので、いったい何人いるのかも不明だった。
「うぉえ……」
竜の肉の臭いは慣れたつもりだったが、むせ返る人間の血肉の臭いに……自分でやっておいてなんだが、骨はひしゃげ、目玉は破裂し、脳味噌が飛び散り、臓物がばらまかれ、血肉は生焼けに焦げている……カンナはまた吐き気がして、その場で何も出ない胃からとにかく嘔吐き、むせ返った。
そこへ、砦の壁の隙間から人が現れたので、カンナは思わず黒剣を向けた。
「あたいです、カンナさん」
ガリアを持ったまま、ライバが両手を上げる。
カンナはほっとして、剣先を下げた。
ライバは、メチャクチャに惨殺された盗賊たちを見渡して、目を丸くした。その右手のガリアである大きな食肉解体ナイフ……ブッチャーナイフに、血がべったりとこびりついているのをカンナは見た。
「すごい音が中にも聞こえましたけど……これ、カンナさんのガリアが!?」
「え、ええ……まあ……」
カンナが涙目でひきつる。ガリアを消してメガネをとり、ため息をつきながら竜の鞣革の眼鏡ふきで拭いた。
ライバは、身震いしてそんなカンナを眺めた。あの、稲妻がほとばしるカンナを観てただ者ではないとふんではいたが、これほどの威力があろうとは……。人間の肉体をここまで徹底的に破壊するガリアというのも、珍しい。
(ここじゃ竜と戦うというより、人と戦うガリア遣いが多いから地味なガリアになるけれど……サラティスじゃやっぱり、とんでもなく大きな竜とやり合うのに、こういったガリアになるんだろうか)
ライバはそう考えた。
「ところで、ライバさん、中は……」
「ああ」
ライバは純粋にひと仕事終えたという笑みを浮かべ、
「頭目らしいやつを含めて、盗賊が八人ほどと、奴隷のガ……子供が五、六人……もうちょっといたかな……それくらい、いましたが、すべて始末しました。あたいのガリアは、狭いところの格闘戦に向いています。位置を瞬時に変えることができますから。首の後ろにこいつを叩きんだら、苦しまずに一撃ですよ」