第1章 2-2 ライバの力
早朝から進み、昼前には、心なしか進む速度が上がり始めた。みな、この辺りが最も盗賊の出る、襲撃頻発地帯だと認識していたから、無意識に歩速もあがる。しかし、バーケンは馬が隊列全体のそういう焦りの雰囲気につられて暴走する危険を見抜いていた。ここで馬が勝手に走り出し、隊列がバラバラになって荷馬車もぶつかってひっくり返るのが最悪の事態で、盗賊の思う壺でもある。
「下げ、下げーっ!」
列の後ろからバーケンの声が飛ぶ。速度を下げろという指示だ。荷物係が順に後ろから前へその指示を伝えてゆくが、先のほうへはなかなか伝わらず、列に隙間が生じてきた。
「いかんな」
バーケン、ついに最後尾の馬車に備え付けてある鐘を鳴らさせた。盗賊へ位置を知らせるようなもので、本当は使いたくない。最終手段だ。
カン、カン、カンと澄んだ音が三度、枯野へ響き、ようやく先頭のほうの馬車も気づいて、御者が振り返って馬へ減速の指示を出す。衛兵も、荷馬車へ合わせて歩く速さを抑える。
その時だった。
進行方向へ向かって左側の荒野の奥より、数十本もの矢が一気に飛んできた。
既に待ち伏せされていたようだ。
たまたまその方を振り向いた衛兵が、
「しゅうげええーき!!」
大声で叫んだ時には、矢はばらばらと隊列を襲った。
何人かの衛兵と御者が不幸にも矢に当たって倒れたが、ほとんどは列を飛び越えたり、地面やあるいは荷物の箱に当たったりして、あまり効果はないように思えた。また馬が一頭、尻に矢を受け、大きくいなないた。もっともこの戦車馬は尻にこのような矢が刺さったくらいでは虻に刺されたほどのもので、鳴いただけだったが。
「展開、展開!」
衛兵隊長が指示を発し、飛び道具対策の盾を構えて左側に兵たちが集結する。
「ガリア使いが一人やられた!」
その声に、反対側のカンナとライバが動揺した。まさかあんな矢でアーリーやマレッティがやられるわけはないと思ったが、やはり、不運にも喉元に一撃をくらってタルメターラが即死したようだった。
さらに、次は倍の数の矢がいっせいに草むらの奥より飛来する。この矢の大きさと角度からすると、ほぼ千キュルト(約百メートル)は離れているだろう。
「ぬぅあ!!」
盗賊などにはハッタリも大事だと云わんばかりに、アーリーが瞬時にガリア「炎色片刃斬竜剣」から炎の塊を吹きあげ、炎弾が空中で炸裂! 矢は一瞬で燃え尽き、二撃目は一本も落ちて来なかった。
「すげぇ……」
衛兵達が、カルマの実力の一端を目の当たりにして、息を飲んだ。
バーケンも感嘆の声を発したほどだった。
そして、三射めは飛んでこなかった。
アーリーの威嚇が功を奏したのだろうか。たしかに、あの炎の塊を見せつけられては、竜とてひるむだろう。
しかし、盗賊達も一筋縄ではゆかなかった。
矢の方向へ一同が注視していたそのとき、反対側のほうへ盗賊たちが密かに接近していた。矢は、囮だった!
「うっ……」
胸に短く太い矢を受け、御者の一人が転がり落ちる。近くにいたカンナが驚いて振り返ると、枯れ藪の中から七人ほどの盗賊が躍り出てきた。何人かが、手に短弓を持っている。かつて竜の世界より伝わったという、本来は馬上で用いる武器で、近距離用の必殺武器だ。また、残る何人かは手に短剣や大型のブッシュナイフを装備していた。凄腕の盗賊らしく、低い姿勢であっと言う間に隊列へ接近した。カンナはその無言の迫力に固まってしまった。竜とは明らかにちがう、その生々しい人間の眼!
ガリアも出せぬカンナへ、一人が的確に短弓で狙いをつけた。
そのときには、数百キュルトは離れていたはずのライバが、その盗賊の真後ろから、鉈めいた太く大きな緩いカーブのついた刃物で、盗賊の首筋を叩き割っていた。
「えっ!?」
混乱したが、まぎれもなくガリアのちからだった。カンナもようやく、ガリア「雷紋黒曜共鳴剣」を出した。
しかし、共鳴しない。盗賊達へ剣を向けるが、雷撃の片鱗も無い。盗賊の一人が、なんの躊躇もなくカンナへ迫る。
カンナは、しまった、という顔つきになった。もともとこれは竜と共鳴する剣だ。パーキャスで、敵のガリア遣いと戦う術を身につけた。が、いま目の前にいるのは、盗賊とはいえただの一般人だ。
「カンナさん、危ない!」
ライバが叫び、また一瞬でその位置を変える。これは瞬間移動の力か!
短剣を振りかざし、カンナへ迫る盗賊とカンナのあいだに、ライバが出現する。カンナも驚いたが、盗賊はもっと驚いた。
が、その隙に、御者の死んだ一台の荷馬車を他の盗賊が手早く奪っていた。シィッ! と鋭い息の音を合図にし、盗賊たちはまんまとその一台を強奪することに成功した。街道を外れ、パウゲン馬を巧みに操り、小麦を満載した荷馬車が原野を去って行く。
「カンナさん、追いましょう! あれ一台で、どれだけの損害になるか!」
ライバがそう叫び、有無をいわさずカンナの手をとって、その場から瞬間移動した。