第1章 2-1 ガリアの違い
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ベルガンからスターラまで、平均的な荷馬車とそれに合わせた徒歩の速さで、約十日だった。このパウゲン馬は歩幅が大きいのでその分歩く速度も速いが、重い荷を引いているので相殺され、人も歩いてついてゆくことができる。ここのところ盗賊の出現が頻発するのは、ちょうど街道の中間地点であった。
結論から云うと、定石通りに中日の五日目で盗賊の襲撃があった。
その日は薄曇りのわりに気味が悪いほどに生暖かく、カンナを含めて人々は汗をかくほどだった。古代よりの正街道筋なので水飲み場はよく整備されており、頭数が多いため時間はかかるものの、馬も充分に休むことができた。が、この中間地点だけは足早に通り過ぎなくてはならない。衛兵も気を抜かず警戒を強め、時には荷馬車に乗って荷物の上から遠くまで目を光らせる。
だが、バーケンは、夏の間は街道の周囲の藪や下草が都市政府によってきれいに刈り取られ、整備されていたのが秋の初めころより滞りがちになり、それに伴って盗賊が跋扈しだしていたのを気にしていた。
「云いたくはありませんが、都市政府の中に盗賊団とつながっている者がいて、街道をわざと未整備にし、獲物……すなわち襲撃対象である我々を狙いやすくしているのではないかという噂まで流布する始末でございます」
中間地点へ入る前日の夜、たき火の前でバーケンがアーリーにそうつぶやいた。
「盗賊と役人が……な。下っ端同士の話ではあるまい」
「左様で」
根が深そうだとアーリーは感じた。
「明日は特に注意をお願いします」
「わかった。そうしよう」
アーリーはその日、夜遅くまで周囲の暗闇を凝として見渡していた。
カンナは、底冷えのする地面へ竜革の敷物をしいて、震えながら雑穀粥で満たされた椀をすすっていた。どうにも寒い。先日は霰も少し降った。たまらなく寒い。風呂に入りたい。
周囲を見渡しても、みな無言で食事をしている。荷車が十二台といっても、最後の二台は五十人からなる一行の食料を積んでいた。マレッティはいざ出発すると、フードをいちどもとらずに、まったく無言だった。水飲み場で顔を洗うときすら人知れず行っている。カンナはそんなマレッティの態度を最初は不審におもったが、アーリーが何も云わないのでそのままにしておいた。代わりに、ライバがよく話しかけてくる。おかげでカンナはすっかり聴くだけならスターラ語を理解した。話すのは、まだ苦手だったが、いずれ慣れるだろう。その代わり、微妙にサラティスと綴りや形が異なるスターラ文字はまだ読めない。もっとも、読む機会もなかったが。
ライバはカンナの横で火に当たりながら、いっしょに木のスプーンで粥をすすって、
「カンナさんは、どうしてサラティスからスターラへ?」
「カンナさんだなんて……年下だし、カンナでいいですよ」
「とんでもない。ガリア遣いは、自分より強いガリアを遣う人には、少なくとも敬意は払うものですよ。年齢とか関係ありません」
「そうですか? サラティスじゃ……みんな……」
カンナは言葉につまった。いまでは、侮蔑や敬意どころか、恐怖の対象だった。
「それより……わたし、良く分からないの。仕事のこと……アーリーの指示の通りに戦ってきただけ。竜を倒してね」
「たくさん倒した?」
「そうでもないけど……だって、わたし、今年の夏前にバスクになったばかりだから」
「そうなんですか」
「ライバさんは? ベルガンへはどうして?」
「あたいは、スターラとベルガンを、行ったり来たり。隊商の護衛の仕事で」
「竜は倒さないの?」
「スターラは、サラティスほど竜は出ないんですよ。そのわりにガリア遣いはいるから、みんな仕事が無いの」
「ふうん……」
カンナは、ふと「メスト」のことを聴こうと思ったが、怖くなってやめた。あの、スターラの裏のガリア遣い、暗殺者たちのことを。パーキャスで戦った、シロンやマウーラは、ライバのようなスターラのごくごく一般的であろうガリア遣いからは、どこまで知られていたのだろうか。
(そういえば……バルビィは無事にウガマールへ着いたかな……)
まだ半月も経っていないのに、バルビィの顔や不思議な笑い声、それに温泉で見た生傷だらけの裸体が懐かしく思い出された。
「だから、カンナさん、盗賊団はね、食い詰めのガリア遣いがよく混じってるんですよ」
「食い詰め……」
カンナは信じられなかった。サラティスではいくら可能性が少なくとも、ガリア遣いでありされすれば、何かしら食い扶持はある。あの可能性3のクィーカですらそうだったように。
「それに、スターラのガリア遣いは、竜と戦うためじゃなくって、最初から人と戦うためのガリアを持ってる人が多いんです。そういう、必要性があるということです。人の心が、最初からそういうガリアを求めている……」
なんたること。カンナは声も出なかった。
(竜と戦うためじゃなくて、さいしょから人と戦うためのガリア……)
カンナは衝撃で食欲も無くなった。
そして、行程五日目であった。
風もなく、足早に街道をすすむ行列は、異様な生暖かさで、馬も息を激しくさせるほどだった。
ちょうど、中間地点へさしかかった。ここを抜けるにはほぼ半日を費やすだろう。気が抜けない。隊列全体に緊張が走り、一言もなく、不気味な雰囲気が漂う。