第1章 1-6 落雪
さて、それは、ライバたちも同じで、カンナのサラティス語も聞けばなんとなく理解できるのだった。互いにサラティス語とスターラ語のまぜこぜ会話で、充分通じる。
「あたいといっしょの列だね、よろしく、カンナさん」
「あっ、ど、どうも……カンナです」
カンナさん、だなどと、敬称付で初めて呼ばれ、カンナは照れた。
それはそうと……。
「ガリア遣い一人で、荷馬車数台を担当しなきゃね。衛兵もついてるけど、ガリア遣いが来たら、あたいたちで護らなきゃ」
「そ、そうですね」
カンナは町の広場に集合した、数十人からなる人間と十二頭もの巨大馬、それに大きな荷馬車の群れとそれへ山と積まれた食料品の数々を眺め、本当に無事スターラへこの大荷物を運び込めるのかという気になった。竜との戦いならなんとかなるという自信は、カンナにもある。さすがにあのサラティス攻防戦を経験しただけある。しかし、相手は人間の集団だ。
「手加減なんかしたらだめよお、カンナちゃん。逃がしたところで、ちがう人達を襲うんだからあ……皆殺しにするのよ」
いつのまにか後ろにフード姿のマレッティがいて、カンナの耳元でそう囁いたので、カンナは驚いて飛び上がった。
「そ、そんな……」
「いいこと、スターラじゃ、あまっちょろいことしてたら、いかにカンナちゃんほどのガリア遣いだからって、どうなるか分からないわよお。まして、メストはいるわ、竜の侵攻はあるわ、カルマの名前も通じないわよお。気をひきしめないとお」
カンナは何も云えなかった。デリナや敵側のダール達だけではなく、ウガマールからも暗殺の対象になっているらしいことを、否が応にも思い出させられる。ちらりと遠目にアーリーを見たが、アーリーの表情は変わらず、これから向かう街道の先を見すえている。
「スターラじゃ、これから竜退治ならぬ、竜狩りが始まる季節よお。そんな時期にあえてスターラを侵攻するなんて、何を考えているのかしらね、こんどのダールは」
「そ、そうなんですか……? 竜狩り……?」
カンナはスターラでの暮らしを考えると、気が重くなってきた。まさか竜狩りとやらにつきあわされ、竜の肉を食べる日々になるのだろうか。しかも、風呂も無いときている。
「良く知ってますね、スターラのことを。前に、いたことがあるんですか?」
ライバがフードのマレッティに語りかけたが、マレッティは無視してまたふらりと行ってしまった。
「嫌われたみたい。よくわかんないけど」
ライバが苦笑して肩をすくめる。カンナは、マレッティの態度が不思議だった。
ライバも向こうへ行ってしまってから、カンナは、夜明けの薄暮の中、急に妙な不安に襲われ、落ち着かずに緊張して辺りを見回し、不機嫌に地面を蹄で削る巨大馬ですら、何かしら不気味な存在に感じてきた。
そんなカンナをみつけたアーリーが近寄ってきて、カンナの肩へ大きな手をやって安心させる。暖かい感触が、防寒着を通しても伝わってきた。
「カンナ」
「は、はい」
「おまえの力が頼りだ。いいか、自分を見失うな。なにがあってもだ。そうすれば、おまえは誰にも負けぬガリア遣いとなる。おまえが負けるときは、自分に負けるときと知れ。自分のガリアを……黒い剣を信じろ」
「はい……?」
カンナはわけが分からなかった。しかし、アーリーの赤いまなざしを見ていると、不思議とがんばれる気がしてくる。いつかサラティスの戦いの終わった夏の日にアーリーが歌ってくれた、竜歌が耳に甦ってきた。
(竜の命 人の命 螺旋にからみ 無限に続いてゆく……)
カンナは心の中で、そのなんともいえない半音進行の話しかけるような歌を繰り返した。
やがて、荷主であるバーケンとその配下の番頭二人が現れ、衛兵隊長、御者の責任者、それに荷物管理の責任者、さらにガリア遣いの隊長としてアーリーと打ち合わせをし、晩秋の太陽が水平線の奥より登りきったころ、出発を宣言した。
先頭の護衛の兵士に率いられ、馬車の車が街道の乾燥した小石を鳴らして、順に十二台もの隊列がスターラへ向けて進み出した。
打ち合わせ通り、三人はそれぞれ長い隊商の進行方向へ向かって左側には前衛にマレッティ、中衛にタルメターラ、後衛にアーリーがつく。右側には、隊列を挟んでその三人の合間の辺りに前衛にライバ、後衛にカンナがついた。カンナの横を行く荷台には、小麦の袋が詰め込まれた木箱が山のように積まれている。
冷たい風が進行方向より吹きつけてきた。息が止まるほどの冷たさだ。
風の合間にふと曇り空を見上げると、メガネになにかが落ちてきた。ふわり、と水晶を磨いた特製の凹レンズについて、融けた。なんだろう、とカンナは思った。
晴れの合間から、雪が降ってきた。