第1章 1-5 ライバ
「いくらスターラのガリア遣いとて、カルマの報酬が八トリアンなわけがないことぐらい認識しているだろう。二人は我々に戦いを任せ、セチュほどの仕事しかしないと観るべきだ」
アーリーがぼそりとつぶやいた。カンナも、それはそうだろうと思った。いくらこちらが高名だといっても、同じ仕事で、こちらの給料は向こうの十倍というのでは……。
三人は高級な毛長竜の毛織の厚着の上に同じく竜毛で織り込んだフード付のマントをはおり、防寒対策はまずまずだった。もっと寒くなれば竜革に毛長竜の産毛をつめた最高級ダウンジャケットも用意してある。
「でもねえ、そんな余裕があるようには見えないわよお。もちろん、手を抜くつもりもないし、あの二人に面倒をかけさせるつもりもないけどお、あっちだってそれなりにやらないと、死んじゃうんじゃない?」
その二人の女性は、スターラ人のように見受けられた。つまり、サラティスの人々より、やや体つきがゴツイ。それは女性でもだ。
二人は律儀にアーリーへ挨拶に来た。アーリー達のことを、話ていどであるがやはり聞き及んでいたようだ。
一人は黒髪を短く切り上げた、中背の若い女で、たれ眼がちの瞳は茶色、肌は白かった。そばかすが多く、こざっぱりという印象を持っており、肩幅があって厚着の下には筋肉質な身体が隠れていそうな雰囲気だった。名を、ライバといった。歳は二十二だという。
もう一人は、金髪を後ろでお下げにした、やけに痩せた背の低い女で、瞳はマレッティに似た青だったが、逆に日焼けした肌は浅黒い。歳は二十七でライバより上だったが、ライバの部下だという。物静かな、無口な女性だった。名を、タルメターラという。
「サラティスで云う、バスクとセチュみたいなもんなんだわ、きっと。それに、スターラじゃ、食べ物が悪いから貧乏人はチビで痩せてて、金持ちはでかくて太ってるから。分かりやすいわよお」
マレッティがカンナへサラティス語でささやいた。
アーリーが、二人と握手をした。
「よろしくたのむぞ。私はアーリー。サラティスのバスクだ。こっちがマレッティで、こっちがカンナ。二人とも、強力なガリア遣いだ」
「よろしく」
それぞれ、握手しあうが、タルメターラはまるで口をきかない。軽く、会釈するだけだ。
「しかし、盗賊が相手とはいえ、もう三人はガリア遣いがほしいところだな……いや、盗賊だからこそ、か。竜の一頭や二頭なら、私一人でも充分だが、盗賊が十人二十人となると、そうはいかないからな」
アーリーが、だいたいそろい始めた隊商を眺めてつぶやいた。
「そうですね。……ちょっとこの規模で五人じゃ、もてあましかねませんね。アーリーさん、隊列は、どのように配置しますか?」
ライバがしっかりした口調で指示を仰ぐ。タルメターラはあくまで無言だった。カンナは、ますます、バスクの会話に立ち入ることを許されないセチュを思い出した。
「そうだな」
アーリーは、隊列の左右に三人と二人でガリア遣いを分けた。進行方向へ向かって右側にカンナとライバ。左側にマレッティ、タルメターラ、そしてアーリーだった。
「それにしたって、大型の荷馬車十二台じゃ、距離があるわあ。竜を相手にするより、難しい仕事かも」
マレッティが口を尖らせる。
「ですが、盗賊団といいましても、相手の全員がガリア遣いというわけでは。人間相手なら、この数の衛兵でなんとかいけるかと。向こうのガリア遣いも、我々と同じくらいの数だろうと思います。同じ数なら、カルマのみなさんの強さなら……」
「なんとかなるってえのお? あんたたちは高見の見物う?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
思いも寄らない返事に、ライバが面食らってひるむ。マレッティは鼻を鳴らして、深いフードをかぶって顔を隠し、向こうへ行ってしまった。
「……何か、悪いことを云ったかな……」
ライバが困ったように髪をかきあげる。タルメターラが、じっとりとした目つきでマレッティを見すえていた。
ライバたちの会話を聞いているうちに、カンナは、なんとなくだが早くも何を云っているのかわかってきた。マレッティが云っていたように、ウガマール、サラティス、スターラそれにラズィンバーグの各都市国家は、元は古代帝国から連合王国にかけて千年近くも同じ言葉である古サティス語を共通語として使っていただけに、いまでは分かれてしまったとはいえ、文字や文法はほぼ同じだし、単語も似たようなもので、まともに話し合えば最初は通じないものではあるものの、語学的にはお互いに訛りがきついという程度の差でしかないのだった。ラズィンバーグに到っては、サラティスとスターラのごちゃ混ぜという程度で、どちらでも通じる。要は聞き慣れの問題で、中ではウガマール語がやや独自に発展し、異様な数の格変化に戸惑うというほどのものだった。ただし、今は滅多に使われていないパーキャス語というのは、もともとまるで異なる体系の辺境部族語だったので、完全に通じない言葉である。