第1章 4-2 2体目のバグルス
しかしフレイラの返事は無かった。
「フレイラ」
「オレは反対っす。あいつにかまってたら……こっちが死んじまいますぜ」
厳しく光る視線をアーリーへ向け、フレイラも螺旋階段を下りた。アーリーは大きく息をつくと、いつもの椅子へ座り、頬肘をついて瞑想を始めた。
翌日は曇っていた。
雨になるとカンナは思った。ウガマールは、今は乾季のはずだが、ここでは違うのだろうか。心なしが気温も下がっている。
サラティスへ来て三日目で、少しは落ち着くかと思ったが、事態はさらに悪化した。
都市政府の使いが息せき切って塔を訪れ、黒猫を通してアーリーへ緊急伝達と依頼があった。
「バグルスがもう一匹いる」
アーリーの言葉にマレッティとフレイラの顔が緊張に固まった。カンナだけ、事の大きさがつかめない。
「しかも、昨夜セチュが二人と、モクスルが一人殺された。サランの森の近くだ」
「都市内にいるんすか!?」
「まさか……昨日のは、囮ってことお?」
「分からないが、とにかく退治しなくてはならない。早急に」
「行きましょう、アーリーさん。とっとと見つけ出してぶっ殺さねえと、カルマの名折れっすよ」
アーリーは下女の一人に声をかけた。
「モールニヤはまだ戻らないのか? いつ戻るか、黒猫から聞いていないのか?」
下女が首を横に振った。
「アーリーさん、人手が足りねえのは確かに痛いっすけど、仕方ないっすよ。オレらだけでやっちまいましょう」
アーリーが頷き、すかさず指示を出す。フレイラは、アーリー、自分、マレッティとカンナという三手に分かれると思ったが、
「私は塀の外周部を回る。マレッティは市場通りから市街地を探索しろ。フレイラはカンナを連れて、森へ行け。ぬかるな」
「はあ!? オレがこいつの面倒を見るんすか!?」
アーリーは、二度は指示を出さなかった。無言で階段を下りる。肩をすくめて、マレッティも続いた。
「アーリーさん……アーリー! くそっ! なんでオレがおまえなんかのお守りなんだ!」
カンナはすくみ上がった。
「す、すみません……あ、あの、わ、わたし、るるる留守番してますから……」
「この、クソッタレ大ばか!! カルマが塔でお留守番なんざ、いい笑いものだっつうの! おまえだけが笑われるんじゃねえ、オレたちまで笑われるんだぞ! なんでそれがわからねえ!? ……いいから来い! 根性入れ直してやるッ!」
「は、はひ、はいぃ……」
カンナはついて行くだけだった。
「いいか、死ぬのは勝手だが、オレの足だけはひっぱるなよ!」
(死にたいわけないじゃない!!)
心では思っても、口からは出ない。
サラティスの外壁は、以前は都市部をひっそりと囲むだけだったが、百年ほど前の大改修で取り壊され、さらに頑丈で高い塀が二十年をかけて都市周辺の森や湖を囲む形で造られた。大規模な都市国家間戦争に備えてと、交易の活発化で人口が急激に増えたので都市の範囲を広げるためだった。市庁舎に残る文献資料によると、サラティスは人口五万から八万人ていどを想定して設計された。
しかしその後、都市国家間の戦争は無くなったが、代わりに竜が現れるようになり、人々の交流は遮断され、作物や家畜の生産は減り、人口はまったく増えていない。そのため、森も湖も丘陵地帯も、そのまま城壁内部に残っている。森の中には、先人の知恵である下水処理用のため池もある。