第1章 1-4 スターラの食糧事情
豪華な、といっても晩餐のメニューと同じにはならない。が、ライ麦パンと魚のスープ、魚のフライなどのこの町特有の朝食ではなく、小麦の白パン、スターラ名物の各種のソーセージが茹でられ、または焼かれて並んでいた。さらには、スターラの裕福なものたちの習慣である、朝に呑む度数の低いビールまで用意してあった。思わず驚きと喜びの声を上げたのは、懐かしい味を目の前にしたマレッティだった。
「こんな魚だらけの町で豪勢ねえ。どうやって仕入れたの?」
「近くの村に、小さいですが、我が商会の所有する牧場がありまして、スターラや、この宿に卸しているのです。もちろんこの宿も我が商会の資本です。その牧場にも、ガリア遣いを含めて十四人もの衛兵を置いておりますから、少々値は張りますが、喜ばれておりますよ」
「たいへんよねえ。ぜんぶの食べ物に、そんな人件費がいちいちかかってるんじゃ……竜を相手にするより盗賊を相手にする方が費用がかかるんじゃないの? カンナちゃんじゃあるまいし、あたしは食べ物なんかに釣られないんだからあ」
と、云いつつ、マレッティ、遠慮なく勝手に席へ着くと、片端からそれらを口に入れた。最初は仏頂面で試すように頬張っていたが、うって変わって満面の笑みとなったので、うまいようだ。
アーリーも席に着く。会話の意味が分からないカンナも、とにかく続いて珍しい食べ物を頬張った。
「おいしい!」
カンナはじめての味に驚き、主に豚肉の様々な部位の挽き肉を腸詰めにした食べ物へ舌鼓を打った。焼き物、茹でたもの、さらには燻製まであった。
満足げに柔らかい茹でソーセージをほおばるマレッティを見て、バーケンもまずは胸をなでおろした。しかし、顔は笑っていても、その深く青い目の底の澱んだ光を見逃すバーケンではなかった。顔だけ繕う術を心得ている者は、彼もこれまでに何百人と観ている。しかも、バーケンはマレッティが市場や流通の基礎知識を持っていることも看破した。スターラの食料品の値段が高いのは、生産量や流通量が少ないだけではない。生産現場と運搬の護衛へ莫大な費用が別途かかるため、販売価格に転嫁されるのは、これはもう、どうしようもない。慈善でやっているのではないのである。そこを理解する庶民は、皆無だった。ただ商人と都市政府が暴利を貪っているだけだと思っている。教養のないガリア遣いにも、そう思い込んで彼ら高級商人を目の敵にし、義賊めいた勝手な云い分で強奪を正当化する反吐の出る輩も多い。そんな輩を追い払い、時には制裁し、排除するためにまたガリア遣いに金を払うことに、バーケンは忸怩たる想いを抱いていた。その想いの裏返しが、昨日は直にアーリーへ通じたのだろう。
少なくとも、マレッティはそのような無知蒙昧で、本来人を救うためにあるはずのガリアを、人を不幸にするためだけに駆使する不埒なガリア遣いとは違うらしい、と分かった。アーリーに引き続き、こちらも侮れない。まだ完全に信用はされていないのだろうが、その意味では、バーケンはマレッティに好感をもった。
(しかし……マレッティ……どこかで聞いたことがある名前だ……気のせいかもしれないが……聞き覚えがあるような、無いような……)
バーケンは、胸に留めておこうという気になった。
翌日、早朝、まだ薄暗いうちより、バーケンによって入念に準備されたグラントローメラ商会の隊商が組織された。荷物別に仕立てられた一頭引きの大きな荷馬車が十二台にもなった。一頭と云っても、それを引くのはかつて戦車馬として改良された竜にも見まごう巨大なパウゲン山麓原産の農耕馬で、カンナはウマガールの像かと思った。駆逐竜程度なら軽く踏み潰しそうな足をしている。気性も荒く、戦車にも匹敵する鉄の爪である農耕具を専門に牽き、とても荷馬車など引くような馬ではないのだが、盗賊の襲来にも動揺しないのはこの品種の馬のみなので、苦労して調教してある。この馬をそろえるのがまた高い、と後にバーケンはアーリーへ語った。
荷物はウガマール産の高級小麦の袋が詰まった荷箱が二百近く、各種の油樽、珍しいウガマール芋。この巨大な里芋の一種は、食用でもあったが、寒冷地用に品種改良する種イモでもあった。それにパーキャスのバーレス港で仕入れた魚介加工品の数々。つまり、食料としての干物に魚脂、魚醤。肥料用の魚粉、脂粕などである。荷馬車一台でも強奪すれば、スターラの闇市場でかなりの儲けになる品ばかりだった。
荷馬車には御者と荷物の見張りの二人が乗り、計二十四人。バーケンですら歩き、おつきの番頭が二人で計三人。衛兵をずらりと一台の馬車に四人で四十八人そろえた。しかし、ガリア遣いが二人しかいなかった。これは、たまたまベルガンに本当にガリア遣いがそれほどいなかったのと、昨今街道筋に出張る盗賊団のうわさを聞きつけて、八トリアンでは誰も応じなかったためだ。
それでも応じた、その二人のガリア遣いもよほど腕に自信があるのか、金に困っているかだが、カルマの三人の加入は、なんだかんだと云ってもバーケンにとっては渡りに船だった。