第3章 5-6 パーキャスとの別れ
それと入れ代わりに、ついにベルガン行きの中型貨客船、ラーペオ号が来た。アーリー、カンナ、マレッティは、ようやくパーキャスとおさらばだ。
「短い間でしたが、お世話になりました。みなさんのおかげで、パーキャスは、生まれ変わります」
「そうか」
ウベールが代表して、アーリーを見上げながら固く握手をした。既に、報酬の三百カスタは現金で受け取っており、カンナやマレッティと三人で百ずつ分けている。少なくない路銀は持ってきていたがタータンカ号の遭難で失われており、助かった。
荷役が終わるまで、しばし海岸で待った。
暁のパーキャスの構成員の他、何人かの漁師や町の人が見送りに出てきていた。
「……リネットは、いませんね」
カンナが何とはなくつぶやき、マレッティが珍しく動揺して思わず周囲を鋭く見渡す。
「か、風邪でもひいたんじゃなあい? 昨日からまた寒くなったし……」
「そうかもしれませんね」
カンナは気が抜けたのか、疲れたのか、ここ数日ぼんやりとしていた。
「青竜のダールの回復力……想像を超えている。楽観はしないことだ」
アーリーがぼそりとそう云い、一足先に船へ乗ってしまった。マレッティは固まりついて、しばらく冷や汗をたれ流していたが、やがて気を取り直し、何度も大きく深呼吸して、自らも乗船した。
「カンナちゃあん、乗り忘れないでよお!」
「あっ、はい」
カンナは、名残惜しいのか、まだ港でバーレスの風景を見つめている。マレッティは船倉に入って、貨物と貨物の隙間の狭い客室のドアを荒々しく開けると、鍵をかけ、荷物を置き簡素なベッドへ身体を放り投げた。古びた染みだらけの天井とランタンを見上げ、マレッティは考えを巡らせた。
(……確かにその通り……あのバグルスの毒から生き返ったくらいですものね……デリナ様へは生死不明と正直に報告しておこう……。それにしてもアーリー……あたしを泳がせているつもり……? いつから……? どうして……!? ……いい度胸じゃないの……お望みとおり、しばらく自由に泳がせてもらうとするわあ……。いや、まさか、あの単細胞、自分のためにあたしがリネットを襲ったとでも思ってる……? あいつなら、それもあり得るわね……。どっちにしろ……デリナ様には悪いけど、やっぱり機をみてあたしアーリーをが殺さなきゃ……いずれこっちが殺される……!!)
マレッティは、そう確信した。その瞳の奥に、底知れぬ暗黒の殺気が渦巻く。
ラーペオ号はその日の午後、明るい内に出港し、島を出てすぐに日が暮れた。波は穏やかで、あまり揺れずにすんだ。帆は北を向き、風に乗って船はすごい速度で走り出した。カンナは星を観る航海士に混じって、甲板で厚着をして満天の星空を眺めていた。竜の襲撃も無く、単調に昼と夜が交代し、航海は何事も無く推移して、五日後には、水平線の奥より再び大きな陸地がせり上がって見えてきた。
船員たちが急に忙しくたちはたらき、無数に張ってあるロープをひたすら操ると帆が向きを変えた。見計らって船長が舵を切る。船は舳先の方向を変え、波を切って陸地へ向けて進みだした。やがて平坦な地平の中程に石造りの防波堤が現れて、薄く高い秋空に街並みが見えてきた。船は帆を少しずつ畳んで、速度を落とす。船の周囲をイルカが泳いでいる。防波堤の切れ込みから港内へ入ると、完全に帆を畳んでほぼ停止した。力強く魯を漕いで、十人乗りほどの大きなボートが二艘、近づいてくる。綱をとり、ボートはゆっくりとラーペオ号を曳いた。岸壁へ迫ると船長の指示で二艘は船腹を押しつけてラーペオ号の向きを変え、静かに岸壁へ接岸させる。岸にいた係の者が綱をとり、木の杭である係船柱に船尾と船首の綱を結びつけて船を固定させた。
港町ベルガンへ、到着した。