第1章 4-1 雷紋黒曜共鳴剣
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カンナは身体の痛みで眼を覚ました。一瞬、どこか分からなかったが、やがてカルマの塔の自室だと分かった。既に暗く、夜のようだ。どうやって帰って来たのかまったく分からないが、きっとアーリーたちが救出してくれたのだろう。月明かりにメガネをとり、自分を確かめると、塔の下女たちによって湯に入れられたようで身体はきれいになっている。また傷の手当もされていた。擦り傷と打撲が主だったが、やたらと腹が痛い。全身に軟膏と湿布が包帯で巻かれていた。カンナには分からなかったが、皮肉にも、最も深い傷がアーリーにくらったその腹部の打撲傷であった。
窓を開けて風を入れ、窓際で椅子に座ると、話し声が聞こえた。上階の控室から漏れているようだ。状況の確認と、助けてくれたのであろうアーリーらへ挨拶のため、カンナは部屋を出て螺旋階段を登った。
かなり静かに上がったつもりだったが、途中から上階の音が無くなった。カンナは気にもせずに、階段を上がりきってカルマの控室へ顔を出した。
アーリー、フレイラ、マレッティの三人がそろって自分を見ていたので、カンナは戸惑った。
「起きたのお! カンナちゃあん!」
マレッティが駆け寄ってカンナの腕をとり、アーリーの前へ誘った。痛みが走り、カンナは顔を歪めた。
「あっ……だいじょおぶ?」
「ええ……」
腹部を抑えながらカンナが笑顔を作った。アーリーへ礼を云おうとしたが、先にアーリーが口を開いた。
「カンナ、報酬の百カスタは、黒猫に云って塔の保管庫へ預けてある。必要なときに、自由に引き出して使え」
「あ、あの……わたし、たぶん、皆さんに助けられて……ありが……百カスタ?」
「なんだおまえ、自分でバグルスをぶっころしたの、覚えてねえのか」
フレイラが笑う。あ……と、カンナは思い出した。が、途中から覚えていない。戦ってたのは覚えているが。倒したような……倒していないような。
「剣が……鳴った……」
「あ、なんだって?」
「いえ、なんでも……ないです」
「カンナよ。バグルス戦は見事だった。しかし、過信するなよ。“常に自分を保て”。いいな」
「……はい……」
カンナは自分を見下ろすアーリーの澄んだ赤い眼をみつめた。恐ろしくも、慈愛に満ちている気がした。
「ところでカンナ。黒剣の……ガリアの銘だが……バグルスを倒した以上、銘を決めた方がいい。サラティス市民の話題にも登ってくるだろうからな。私でよければ……考えた銘がある。そのままで、芸はないがな……」
「どんな銘っすか?」
「雷紋黒曜剣だ」
確かに「そのまま」だが、ふしぎな響きにカンナは胸が高鳴った。だが、
「あ、あの、アーリーさん……もしよければ、それに加えたい言葉が」
「ぁあ? おまえ、生意気にアーリーさんの考えた銘にイチャモンつけるのかよ」
「あ、い、いえ、あの、そ、そういうわけじゃ……」
「かまわない。カンナ、云ってみろ」
「は、はい。あの……雷紋黒曜……共鳴剣にしたいです」
一瞬、三人が眼を見合わせる。
「共鳴剣? 共鳴ってなんのことだよ」
フレイラが大げさに尋ねた。
「あの……わたし、共鳴したんです。剣と……黒剣と、共鳴したんです。確かに。だから……きっと、それでバグルスをやっつけることができたんです」
「意味がわかんねえな」
フレイラが後頭部へ後ろ手を組んだまま、首を傾げた。アーリーが大きく頷く。
「よし。雷紋黒曜共鳴剣。カンナのガリアは、今からその銘で呼ぶ」
カンナはアーリーに認められた気がして、満足だったし、ガリアに立派な銘がついたことで何かしら誇りが沸き上がってきた。しかし、マレッティは口をとがらせ、不満げだった。
「ズババーン剣のほうがいいと思うけどなあ」
で、あった。
「じ、じゃあ、マレッティは……そう呼んでもらっても……」
「そお? じゃあ、そうさせてもらおっかなあ。カンナちゃあん。今日はどおする? もう遅いから休む? それとも、夜食に何か少し食べる? 今日は、朝だけで何も食べてないんじゃなあい?」
確かに、落ち着いたら腹が減っている。カンナは塔の裏手から小腹を満たすためマレッティと夜鳴きの屋台へ向かった。夜番のセチュや、夜に竜退治を行うバスクたちが腹を満たすためによく利用するので、サラティスでは深夜も屋台が多い。パンに各種の肉や焼いた葱、魚の燻製や揚げ物、ハーブなどを挟んだ簡易な食事を提供するものがほとんどだが、中には兎や鶏肉のシチューや釜焼き、豆や蕪のスープ料理など、凝ったものを出す屋台もあった。
カンナとマレッティがいなくなってから、アーリーがフレイラへ変わらない口調で云った。
「二人から目を離すな」