第3章 5-1 暗殺
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翌朝、晩秋の最後の陽気とも云える暖気に、四人は驚いた。日差しが強く、暑いほどだ。リネットも、不思議そうな顔つきで天を仰ぐ。
「南風が突然吹き込んでる……何年かに一回は、こういう日があるよ。二、三日は続くと思う。こういう年は、冬は雪が多いのさ」
とにかく、町へおりる。町の人々も暖かい空気に心も安らぎ、落ち着いたのか、瓦礫より使えるものを探し出し、たき火で湯を沸かして貝などを煮てスープを作っていた。アーリー達を発見すると、無言でそれを差し出す。アーリー達も、無言でそれを受け取って食べた。
それから、みな無言で瓦礫を片づけ、大量の遺体を集めてはアーリーの起こした火で荼毘に付し、あるいはそのまま丘の上に粛々と埋めて行った。が、なにせ数百人分の遺体をたったの数十人で始末できるはずも無く、あっというまに午後になって、夕刻近くなった。そして、バーレスより大きな漁船が何隻もやってきた。まだ大量の浮遊物で埋まる港をゆっくりとそれらを避けながら船が次々にコンガル港へ入ってきた。コンガルの人達は、不安げな顔でその様子を見守っていた。誰も、何も云わなかった。
「アーリーさん!」
大柄、かつ全身が真っ赤のアーリーは目立った。暁のパーキャスの代表であるウベールが真っ先に船からおりてきた。コンガルの惨状には、目もくれない。また、コンガルの人々の顔が一斉に緊張と不安でひきしまった。
「やりましたね! ついに……」
他の暁のパーキャスの面々、そしてバーレスの漁師たちがぞろぞろと下りてくる。コンガルの人々の表情は暗く重いが、バーレスの人々の表情は明るかった。アーリーが前に出て、ウベールと握手をし、話をする。
「遅かったな。彼らに、食料や衣料、医薬品は無いか?」
「ああ……食い物くらいはありますよ。しかし、連中は、リンバ島へ送ることに決定しました。そのため、多めに船を用意してきました」
「なに……」
リンバ島は、たしか罪人が送られる島ではないか?
「彼らは、罪人なのか?」
「罪人ですよ」
ウベールが薄笑いを浮かべ、吐き捨てた。
「そうか」
アーリーはそれ以上、何も云わなかった。これはパーキャスの人々の問題だ。
小突かれ、黙々とコンガルの生き残りの人々が分けられ、船に乗せられるために並ばされる。これからまっすぐ、リンバ島へ送られる。
「コンガルは、この冬はこのままにして、来年の春から元コンガル出身者を募って、移住させ、やり直しますよ。新しいコンガルが、始まります」
まだまだ残っている遺体はどうするのだろう。カンナは、眉をひそめてウベールを見た。
「ウベールさん、やりましたね、奥さんと子供さんの仇を!」
若い漁師見習いが、ウベールへそう云い、ウベールも涙ぐんで後輩と抱き合った。
近くを通ったコンガルの漁師が、あからさまに失笑する。
「何がおかしいんだ、こいつ!」
若いのが憤慨して叫んだ。コンガルの漁師が疲労困憊の表情に精一杯の厭味と侮蔑を浮かべ、
「こいつはよ、家族を連れてこっそりリーディアリードへ逃げ出す途中、竜に襲われて……女房や子供を見殺しにして、自分だけ逃げ帰ってきたのよ。おれは、ちょうど漁で近くにいて、ぜんぶ見てたからな。それをギロア様のせいにしやがって……とんだ食わせ者よ!」
「だッ……だまりやがれ、このやろう!!」
ウベールが顔を真っ赤にし、逆上してやや年かさの漁師を殴りつけた。そのまま、バーレスの者たちがよってたかって殴る蹴る! コンガルの人々は止めることもできずに、陰鬱な表情でただそれを見つめていた。
男はぐったりとうなだれ、抵抗する気力もなく血まみれで横たわった。
「こいつは、リンバ島へ送るのも勿体ねえ! 途中で海に放り投げておけ! こいつらの大好きな竜が始末してくれるだろうよ!」
暁のパーキャスのメンバーの一人が息巻く。数人で倒れたまま苦しそうに呻いているコンガルの漁師を板に乗せ、船へ運び込んだ。じっさい手当をされることも無く、途中で海に投げ捨てられるのだろう。
マレッティが醒めた眼でその光景を見つめていた。アーリーはウベールと離れたところで打ち合わせをはじめた。報酬の話だろう。リネットは自分の小船で何か作業をしていた。カンナは、ここにきてひどく疲れが出て、黙然として船へ乗る順番を待つコンガルの人たちの近くで、岸壁に並んで揺れる漁船を見ていた。
コンガルの人の列の中に、毛布をローブめいて頭からかぶった一人がいた。ふと列から外れ、すっと音もなくカンナに後ろから近寄った。目立つようで、誰にも気づかれなかった。ヒヤリ、とカンナは背後に冷気を感じ、この季節外れの暖かさの中に忽然と現れた寒けに振り返った。
眼前に、凍気を渦巻いて光り輝く氷のガリアが迫った。
パスッ--!
鋭い吐息めいた音が耳に響いた。
カンナのメガネに、血が飛び散った。
毛布の人物は右手を抱え、身を屈めながら脱兎のごとくその場から走り去った。
地面へ、血痕が点々とその後を追った。
カンナは何が起こったのかわけが分からず、呆然と立っていた。