第3章 4-4 流星
「行きたいのはやまやまだけど、ボクはダールとしての力はほとんどない……足手まといになるだけさ」
アーリーは黙って、リネットを見つめた。その真意を量っているように見えた。リネットはそんなアーリーを微笑みながらも、鋭い視線で見返す。
「どうする? アーリー。従わないボクを殺すかい?」
「いや……」
アーリーは眼をつむり、しばし沈みかけている斜陽に沈思していたが、やがて納得してうなずいた。
「分かった。だが、リネット……名前だけでも貸してもらえまいか」
「名前だけかい? ボクがアーリーの味方についたと、吹聴して回る? そのせいで、ボクに危険が及ぶのなら、それもお断りだね」
「そうか」
「それと、ボクがここにいるのも、ボクが青竜のダールだというのも、他言無用に願いたいね。バセッタがもう死んでいることは、それとなくふれて回ってほしいくらいだけど……」
「分かった。そうさせてもらう」
アーリーは、もう何も云わなかった。リネットと握手をする。
「船頭をありがとう、リネット。世話になったな」
「こちらこそ」
「請求書を忘れるなよ」
「もちろんさ」
マレッティとカンナも、リネットと握手をした。
「タータンカ号は沈んだけど、おそらく最後の船が来ると思うよ。リーディアリードからそれぞれパーキャス経由で、ベルガン行きとラクティス経由ウガマール行きの二便が来るはず。それで、正真正銘、今年の船は最後さ」
「では、その船で我々はベルガンへ行けるのだな……」
リネットがうなずく。マレッティは頭の後ろへ手をやり、大きく息をついた。
「とんだ道草だったわねえ。で、どうするの? 今日はどこで寝るの? お腹もすいたけど……食べるものなんかなさそうだしねえ。それに新しい服も欲しいけど、町があんなじゃあ、望み薄よねえ」
「あの岩影で休もう。食べ物は、明日まで我慢してよ。きっと、バーレスから救助の人達が来るだろうから……水は、館の裏に井戸があるよ」
「さむいわあ」
マレッティが包帯代わりの白布を巻いた腹をさする。厚手の服は、ギロアに破かれているので風通しが良い。
カンナは、バルビィと入った温泉施設があったのを思い出したが、何か、とても云いたくない気分だった。コンガルの壊滅が自分のせいのように感じ、そんな気分になれなかった。いまから坂を下り、壊滅した町を通って道を海岸まで行く気力がないというか。
四人はやや離れた場所の岩影で風をしのぎ、アーリーの出した火を交代で番をしながら、暗闇の中にめいめい横になって休んだ。
だが、カンナは眠れなかった。
見慣れない星座も気になったが、メガネをはずしてしまったら何も見えない。闇と変わらなかった。ぼんやりと天が明るく光っているようにしか見えない。月も、何十と重なってどんな月でも満月に見えるほどだ。
枯れ野に寝返りを打ち、ため息ばかりついていると、火の番をしていたリネットが小声で話しかけてきた。
「どうしたんだい?」
「え……ちょっと、眠れなくて……」
「ボクがダールだと知って、驚いたかい?」
「そりゃ、驚きましたけど……」
火を挟んで、リネットは座ったまま、カンナは横になったまま、しばし語る。
「こんなダールもいるのさ。こんな、何の役にも立たない……名前だけのダールがね。きっと、もうすぐ本当の青竜のダールが現れるよ。そうしたら、ボクはお払い箱さ」
カンナは答えられなかった。例外があるとはいえ、ダールは、一人死んだら次のダールが生まれるとギロアから聞いた気がした。つまり、リネットが死なないと次の青竜のダールは出てこないのではないか。
「カンナは……バスクスなんだって?」
やや沈黙の後、唐突なリネットの言葉に、カンナは絶句した。黙りこんでいたが、リネットはカンナの呼吸の気配へ耳を傾け、いつまでもカンナの反応を待った。
「そんな……分かりません」
「怒らないでよ。カンナ……バスクスというのは、きっかけにすぎないよ。カンナは……もっと、とてつもないものになる可能性を秘めている。そんな気がするんだ……」
「ええ……? なりませんよ、そんな……」
「深き先導が云うんだよ。間違いない」
「なんになるっていうんですか?」
「神様さ」
はあ!?
リネットがあまりにサラッと云ったので、カンナは聞き返すのも馬鹿らしくなり、聴こえないふりをしてまた黙った。リネットも、もうそれ以上話しかけなかったので、カンナは眼をつむっていたら、いつのまにかねむっていた。
リネットは一人、満天の星を観て未来を読んだ。そして、火に赤く染まるカンナの寝顔へ視線を移す。その顔は、かすかに微笑んでいた。
「新しい神……か。人は、せっぱつまると、そんなものまで造りだすのさ」
カンナの寝顔を、リネットはいつまでもみつめていた。
「ただ……その道のりは呪われて、険しい……」
大きな流れ星が、ひとつ、天を裂いた。