第3章 4-3 ダール
と、肩をすくめた瞬間、その死んでいるはずのリネットがビクビクと痙攣し、さすがのマレッティが悲鳴をあげて尻餅をついた。
「お、おばけええぇ!!」
どんな竜でもまるで恐れないマレッティが、妙なものに弱いのだった。カンナはそんなマレッティを初めて見たので、声も無い。
リネットがゴキゴキと関節を鳴らして、不気味な動きで上半身を起こした。首の後ろへ手をやってさすり、激しく咳き込んだ。
「イタタ……いやあ、えらい目にあったよ」
「なっ、な、なによあんた! なんなの!? い、いま、確かに死んでた……!」
「えっ? そうなのかい? バグルスに襲われたのは覚えているけど……」
リネット、生き返っても調子は変わらない。
と、カンナが目を丸くして自分を見ていたので、マレッティはあわてて立ち上がった。腕を組んで咳払いをし、
「いいことお、カンナちゃあん。この世に、お化けなんていなんだからあ。わかったあ?」
「え!? あ、はい……」
アーリーが、仁王立ちでリネットへ迫った。
「リネット。ギロアは死んだ。バセッタはどこだ!?」
ハッ、とマレッティが息を飲んだ。
リネットも、屈託の無い笑顔が一瞬消え、鋭い視線をアーリーへ投げた。が、それは本当に一瞬で、立ち上がると埃を払い、また笑顔になる。
「やっぱり、ひいばあちゃんを探しに来てたんだね。サラティスのカルマ、赤竜のダールにして炎熱の先陣、アーリー」
「ひいばあちゃん!? あんたの!? あのミイラが!?」
アーリーとリネットが、同時にマレッティを見た。マレッティはあわてて、ガリアの明かりで光る手で口を抑えたが、もう遅い。
「見たんだね。あのバグルス……君たちが倒したみたいだけど、毒か何かで、ボクの口を割らせたんだ。あの洞穴で……ひいばあちゃんは、もう何年も前にあそこで死んでいるんだ。青竜のダール、深き伝道、バセッタはね」
「そうか……ではリネット、おまえが?」
「そうさ」
リネットはすらりと長い手を腰に当て、不敵な笑みを口元に浮かべて云った。
「ボクが青竜のダール、リネットさ。青竜の玄孫にあたるから、力は弱いし血も薄い。半竜化もできない。だから、きっと暫定なんだと思うよ」
「暫定ダールだと……!?」
アーリーも驚く。聴いたことがない。記録にも、あったかどうか定かではない。
「ふうむ……」
アーリー、顎に手を当て、考え込んでしまった。
「でも、あんたさあ」
マレッティが、まじまじとリネットを見つめ、片眉を上げて云った。
「あのバグルスの毒の刺を食らって生き返るんだから……確かにダールだわあ。あたし、そう思う。あれにやられたんでしょ? あの尻尾の先の……あれはヤバイわよ」
リネットは相変わらずの屈託の無い笑顔を見せた。
「ははは、回復力だけはダール並さ」
「いや、もともと青竜は導きを司り、浄化と回復の象徴だ。血が薄くとも、私より回復力はあるだろう」
「そうなんだ……」
アーリーの説明に、マレッティは何か納得ゆかない、不思議な感触をリネットに感じた。そもそも、竜の玄孫のダールというのが、いまいち信じられない。
「あんた、ガリアは遣えるの?」
「いちおうね……でも、サラティスで云うならセチュさ。とても竜と戦うようなものじゃないよ」
「ふうん」
マレッティが、胡散臭げにリネットを見つめる。
「リネット、実は話があるのだが……」
それは、アーリーがわざわざこの絶海の諸島まで来た理由だった。しかしリネットは、アーリーが云う前にやや哀しげに手を振った。
「ごめん。青竜のダールは、誰の味方もできない」
「なに……」
アーリーの顔がひきしまった。
「元来、青竜は中立を旨とするのさ……アーリーなら、知ってると思うけど。導きの力をもつ青竜のダールを味方につけたほうが、古来、ダール同士の争いでは有利に働いてきた史実がある……それでなくば、敵側の味方へつく前に殺してしまうか。だから、青竜のダールは中立のまま、身を隠す。こんなところにひいばあちゃんが百年近くも潜んでいたのは、そういう理由なのさ」
「だからこそ……私といっしょに来てほしい。この、竜と人の未曽有の争いを止めるために。それは、竜のためでもある……」