第3章 4-2 館跡
三人は急いで離れた。丘を登って避難したかったが、竜が半身を起こして道を塞ぐかっこうとなったので、そのまま町から海岸沿いに伸びる道をめざす。カンナがバルビィと、海辺の公共温泉へ行った道だ。
竜はしかし、ゆっくりとそして雄大に立ち上がると、斜陽を背に何をするでもなく佇んだ。ややしばらく微動だにせず風に吹かれていたが、やがてそのまま海へ顔を向け、地面を揺らして歩きだした。
「どこへ行く?」
「さあ……」
三人は静かにその姿を見守った。港から海へ足を入れ、波が立ってマレッティの乗っていたディンギーが陸に乗り上げる。前代未聞の特大大海坊主竜は、波をかき分けて港を出るとすぐにゆっくりと大海原へ身をゆだね、浮島めいて彼方へ泳ぎ去った。
「どうしちゃったんだろお?」
「さあな……バグルスに使われていたようだから、バグルスが死んで、自由になったのかもしれない」
「ふうん……」
マレッティ、さすがに感慨深げに見えた。自分たちでも倒しきれないほどの竜がこの世にいる。その事実を、淡々と受け止めている。
「ま、あたしたちは、バグルス退治専門だからあ。あんなのは、人間が相手をするような代物じゃないのよお、きっと」
カンナは良く分からず、水平線を去って行く大海坊主竜の背中を無常観に支配されて見つめるだけだった。
「生き残っている町のものを探すか」
アーリーも、惨憺たるコンガルを見渡してつぶやいた。彼女をもってしても、この破壊は止められなかった。ダールであるアーリーとて、大いなる存在の前では無力なのだ。
その三人めがけ、道の奥よりぞろぞろとコンガルの住民が歩いてきた。避難に間に合った町民だろうか。
町民たちは一様に死人めいた顔をして、魂がぬけたようになっていた。まさに幽鬼の群れというか。ギロアを信じ、竜と共生していると信じていた彼らにとって、竜に徹底的に破壊されたコンガルの町を見るのは、死よりも辛いことかもしれない。
まだ気力の残っている漁師が何人かおり、瓦礫の下から食料などを探し始めた。コンガルには八百人ほどが暮らしていたが、生き残りは三十人ほどだった。比較的若者が多く、年寄りや子どもは少なかった。逃げられなかったのだ。その、逃げられなかった町の者の遺体がそこらにあったが、誰も片づける気力は無かった。
アーリーは乾いている木材を集め、ガリアで火を点けてやった。もらい火でたき火が何か所かおきて、町民が集まって暖をとる。水は、高台の井戸が生き残っていた。低い位置の井戸は海水が入り込んで飲めなかった。
「とにかく、ギロアも倒したし、ばかでかい海坊主もどっか行っちまった……パーキャスは元に戻りやすよ。戻りやす」
マレッティ艇の船頭を努めた漁師が、涙を浮かべた。アーリーの艇を操った漁師は、行方不明だった。逃げきれなかったのか、竜とアーリー達の戦いに巻き込まれたのか。後で分かったことだが、このコンガルの生き残りの人々が逃げた公営温泉場へ通じる道と同じ道に逃げ込んで、興奮し混乱した町民に見つかり、叩き殺されたのだった。
「あっしは、バーレスへ戻って、みなを連れてきます。どうするか、相談してきめて……明日のいまごろにゃ、ウベールさんたちを連れて戻ってきやすから」
「分かった」
アーリーと漁師で乗り上げた船を海へ戻し、風をみて、漁船は颯爽と海を渡って行った。
「で、あたしらは、明日までこいつらといっしょにいるの?」
マレッティが周囲の難民をみて、いやそうに云った。
「丘の上に、ギロ……バグルスが住んでた館がありましたよ。昔の領主の館だったとか」
カンナ、その館を自分が破壊した記憶がない。
「なまいきに、そんなところに住んでたんだあ、あいつ。行ってみる?」
「探索する価値はありそうだな……いったい、どのダールの手の者なのか」
それを聞いてカンナ、記憶を呼び戻したが、完全に失念した。ギロアは、なんというダールの手下だったか。
とにかく、一言もなくただ震えながら火に当たっている人々を尻目に、三人は丘を登った。
既に晩秋の日は傾いて、暗くなってきた。屋根のあるところで休めると思っていたマレッティだったが、
「なによこれえ! 誰が壊したのお? さっきの竜う!?」
完全に破壊された館に肩を落とす。
「……内側から破壊されているな。何者かが、館の中より破壊したのか?」
ちらり、とカンナを見たが、カンナも唖然と破壊の跡を見ているだけだったので、何も云わなかった。
マレッティがガリアの明かりを右手より出し、周囲を探索する。そしてすぐに仰向けにひっくり返って白目をむいているリネットを発見した。
「こんなとこでなにやってんの、この子」
アーリーも、瓦礫の下敷きとなって死んでいるルネーテを見つけていた。カンナは初めてルネーテの死を知って驚いた。が、リネットがどうしてここにいるのか、まったく分からない。
「死んでいるのか?」
アーリーに云われ、マレッティ、リネットの首筋に手を当てた。
「死んでるわあ」