第3章 3-2 変容
だがアーリー、ガリアを消して、実に器用にというか……素早く、確実に動く竜を登って行く。そして腰から背中に回り、急斜面となっている竜の背中を一気に、獣が駆けるようにして上がって行く。
「あ、あ、あぶな……」
カンナが思わず眼をつむる。竜が大きく振り向いて、アーリーが右手一本で振り回され、落ちそうになる。だがアーリー、右手の握力だけで体重を支え、再び登って肩から首へ回り、いったんカンナの視界から消え、そして再び見えたころには、もう竜の頭上で仁王立ちになっていた。そしてガリアを出す。炎色片刃斬竜剣! 炎が吹き上がり、アーリーは思い切り大海坊主竜の脳天へ突き刺した!
ガリアの、またアーリーの力で、片刃の大剣は深々と竜の頭に突き刺さる!
さすがに特大大海坊主竜め、それだけでは倒せない。轟々と吠え、あり得ない角度でのけぞり、首を振った。アーリーは突き刺さったままの斬竜剣を片手で握り、竜の動きに合わせて振り回される。濃厚な高圧蒸気を虚空へ吹きつけ、風に乗って熱気がカンナにまで届いた。カンナはどうすれば良いのか分からず、ただアーリーを見ていた。竜を球電や音圧の衝撃波で攻撃して良いのだろうか!?
大海坊主竜の頭の上では、ついにアーリーごと炎が吹き上がり、まるで可燃性のガスが大地から吹き上がって永遠に燃え続けているかの地獄の光景に思えた。苦しそうに海坊主が八十キュルト(約八メートル)はあろう大きな口を開けて、あえいでいる。口の中には細かな牙がびっしりとあり、やけに明るいピンク色の舌が見えた。
(い、いまだ……いましかない……)
カンナ、その口めがけ、攻撃しようと黒剣を構える。とにかく共鳴だ。共鳴するのだ。集中する。
「竜は全て殺せ……」
突如として、耳に神官長の声が響いた。驚いて、身を震わせる。
(クーレ神官長……!? どうして……!?)
そんな幻聴を聞いている場合ではない。いまを逃せば、次にいつ海坊主があの大口を開けるか分からない。
(集中しろ、カンナ!)
「あの竜を殺すのだ……」
殺気が沸きあがってくる。竜は殺さなくてはならない。全て。すべての竜を。すべての竜を。この世の竜の全てを!
共鳴が始まった。ヴ、ヴ、ヴ……ヴヴヴ、ガッ、ガガガガガ! ガラガラ……!! カンナの手の中で、黒剣が振動する。同時に稲妻が沸き上がる。殺気と電流が絡み合い、カンナを支配して行く。
(だめ、だめ……呑まれちゃだめ、呑まれちゃだめ!!)
カンナはアーリーの言葉を思い出し、懸命に耐えた。耐えつつ、黒剣の力のみを引き出す。もっと。もっと共鳴しなくては、あの狂気じみた大きさの竜は倒せない。
「竜は殺せ……!」
神官長の重く低く、押しつぶすような声が大きくなる。巨大な重低音となってカンナの耳を覆い尽くし、頭の中いっぱいに響く。
「竜は皆殺しにするのだ……!」
カンナの眼が蛍光の緑に光り始めた。
「竜は殺せ、竜は殺せ、竜は殺せ……!」
カンナは、自分でしゃべっていた。
黒鉄色の髪が逆立ち、稲妻がバリバリと空気を裂いて周囲に飛び散った。
(アーリーさん、助けて! アーリー!)
殺気の渦に、ひたすら耐える。
「あのダールも竜だ! 殺せ! ダールごと殺してしまうのだ……!!」
カンナの意識がまたも電流の渦に呑み込まれて行く。力は欲しいが、自己を保てない。
「アーリーを殺せ……!!」
共鳴が限界まで高まりつつあった。以前、デリナへぶちまけたような、稲妻の奔流が無尽蔵にあふれだす。カンナの意識と思考は、その光り輝く電流の渦と、蠢く重低音の底の底へ埋もれて行った。
「助けて……あたしの剣……雷紋……黒曜……共鳴剣……!!」
バギィ!! バガン!!
「えっ!?」
カンナは我へ返った。聴いたことも無い軋んだ音がした。すぐに分かった。剣が、黒剣が中心の鎬の部分から真っ二つに割れている!!
「え、え、え、ええええ!?」
あまりの出来事に竜のことも殺気も頭から吹き飛ぶ。こんな……こんなことが!? ガリアが……ガリアが割れた!?
だが、黒剣、意思を持ったごとくカンナの身体を操る。黒剣は明らかに「変形」していた。割れた剣身は、機械式に別れたと云って良い。いまや大きな二本の長フォークのようになった剣身は、その鍔元に細かくも大雑把なデザインの歯車が回り、小さなアームが剣身を分けていた。別れた剣身の間に、細かな電流がバリバリと走る。