第3章 3-1 大海坊主竜
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建物を踏みつぶし、なぎ倒して、超特大の大海坊主竜め、ていねいにコンガルの町をなめるように破壊した。誰かに命じられているのか、それとも、竜の意思なのか。しかし大きい。あんな生き物がこの世にいようとは。アーリーですら、あんな竜は初めて見た。
アーリーは丘の一本道を駆け下りていたが、町へは入らずに道を逸れ、さらに港を見下ろす高台へ向かい、坂を上った。カンナが、あわててその後を追う。高台を一気に登りきると、ちょうど超大海坊主竜の顔の前あたりに出た。この距離で観てはじめて、がっぱりとした大きな口とは裏腹に、真っ黒でゴツゴツした溶岩の塊めいた鱗の合間に、本当に小さな小さな茶色い点が光っているのが分かった。あれがおそらく眼なのだろう。その体格に比べ、あまりにつぶらな瞳だ。
アーリーはガリア「炎色片刃斬竜剣」を出した。炎がふきあがる。アーリーはしばらく轟然とその場を行ったり来たりする怪物を高台より睨みつけていた。ときおり、口から猛烈な高熱蒸気を吐き、町の残骸を蒸す。町のあった場所からは、まるで温泉が湧いたように白煙が立ちのぼる。住民で生き残っているものはいるのだろうか?
カンナが息を切らせながらようやく追いついたころ、アーリーは重く云いはなった。
「あの口をねらうしかないだろう」
「えっ……口っ……!?」
カンナが汗をぬぐう。
「口を、どうやって?」
「飛び道具しかあるまい!」
アーリーがガリアを限界まで燃やしつけ、巨大な炎の塊を形成した。容赦のない熱気にカンナ、あわてて下がる。竜も気づいたのか、アーリーへむけてぐわり、とその三日月型の巨大な口を開いた。蒸気が立ちのぼる。
「アーリーさん、あぶな……!」
アーリーが炎熱のプラズマを叩きつけるのと、大海坊主竜が蒸気の塊を吐きつけるのと同時だった。アーリーの得意技、炎弾は蒸気を切り裂いて突進したが、竜が口を閉じて顔をやや下へ向けると、硬そうな鼻面がガッチリと炎を受け止め、爆発したがまるで効果があるような気配はなかった。逆に、アーリーは高熱の蒸気にまかれ、たまらず下がった。やはり、どうにもこの、熱水というのは勝手が違う。カンナもそのあまりの熱い湿った空気に、驚いてさらに坂を下がる。
「アッツ……」
アーリーは呻いた。あんなものをまともにくらっては、命にかかわる。炎には強いアーリーも、充分に注意しなくてはならない。
「カンナ! 同時に波状攻撃をしかける!」
アーリー、またもガリアに炎。カンナも少し坂を下がった場所から、黒剣を巨大な竜へ向け、共鳴を探した。すぐにガ、ガ、ガガガガ……! と大きな揺れが剣に伝わる。これまでに感じたことの無いほどの共鳴、いや振動だ。
同時に、電流が沸き上がる。稲妻が発生し、球電が浮き上がる。
崖の上からアーリー、そしてやや下がった中腹からカンナが、順に炎と稲妻を叩きつけた。さらに、カンナは返す剣で巨大な音の波動も飛ばしつける。ガ、ガアッ!! ガラララ……!! ドド……! 耳をつんざく雷鳴が響いて、さらに追撃の雷撃が幾筋も飛んだ。
それらを全て受けて、特大の大海坊主竜はまるで本物の岩山めいてそこに泰然と立ち尽くしていた。
「カンナ、まだだ! ガリアの限界まで攻めつづけろ!」
アーリーが次々に大小の炎の塊を打ちつける。ただの炎ではない。竜へ触れた瞬間に爆発し、衝撃と高熱を与える。カンナの球電とて同じだった。大海坊主竜は何十という爆撃にさらされ、稲妻を浴び、炎にまかれ、さらに衝撃波の塊をくらってさすがによろめいた。
だが、そのまま倒れるか、と思われたとたん、竜は身を翻し、長く太い尾が唸りを上げて崖の上のアーリーを襲った。地面が崩れ、岩が砕け、アーリーは吹き飛ばされた。
「アーリーさん!」
地面が揺れて、カンナも土砂の崩壊に巻き込まれかける。雪崩めいた土砂と、ゴロゴロと転がってくる岩にたまらず逃げた。
アーリーもすぐに立ち上がって、油断無く下がる。
二人は離れた場所で合流した。
「……なんという竜だ。あんな大きさでは、我々の攻撃もあのていどしか効果がないとは……まさに生命力の塊だ。世の中は広い……」
アーリーは感心したように、小さなため息まじりで超大海坊主竜を見つめた。
「あいつ、身体が硬すぎるんですよ!」
「ならば、直にガリアを叩きつけるしかあるまい」
本気で云っているのだろうか。本気だとして、どうやって!?
カンナが眼を丸くしている間に、アーリーはもう坂を下りて、町に入って行く。
「あわわ……」
カンナははらはらとして、それを見送った。まさか、足元からガリアで攻撃するというのだろうか。蟻も群れれば竜をも倒すとはいうが、アーリーは一人である。
瓦礫と立ちのぼる白煙にアーリーが見えなくなってから、カンナは何をして良いものやら、ただ巨大な黒い岩山めいた塊が蠢く様を凝視していた。いったい、あの竜は……あの生き物は、何をやっているのだろう? コンガルの町はあらかた破壊し尽くし、何かを探しているでも無く、怒っているようにも見えず、その無意識さが不気味だった。竜というより、巨大なサンショウウオというか、イモリというか、両生類を思わせる無機質さだ。
と、カンナは目を見張り、驚きの余り息も止まった。眼は悪い方だが、眼鏡越しでもはっきりと見えた。大海坊主竜の、大きく太くごつごつとして、崖の如き脚を、何かが這うようにして登っていた。まさに蟻だ。
そして、その蟻は、アーリーだった!
「え……! あ……!」
カンナ、口を開け、手を震わせてその口を押さえた。何を考えているのか!?