第3章 1-4 巨大なる驚異
「ぶつかる!?」
波に乗って岸壁を乗り越え、船はそのまま押し流される形で上陸し、建物にひっかかって止まったものの、波は止まらないのでひっくり返りかけたがそのまま再び流れた。しばらく港町の奥まで水が浸入し、やっと底が石畳について止まった。すかさずアーリーとトケトケが下りる。町のものがパニックとなって右往左往して、アーリー達に気づくものはいなかった。
「お前も高台に逃げろ! トケトケ、頼んだぞ!」
漁師は返事もなくどこかへ逃げて行った。トケトケも丘の上へ行こうとしたが、とあるものを見つけた。
「ちょっと、あれ、なんなわけ!?」
見てアーリーも唸る。丘より下りてくる一本道に、ビカビカと光り、稲妻をふりまいて町へ下りてくる「何か」があった。さらに、晴れているのに、ひっきりなしに雷鳴のような音が響いている。
アーリーが舌を打った。
「あれにはかまうな、迂回して丘の上へ行け!!」
とにかくうなずき、トケトケもその場を離れる。
アーリーは足元にまだ足首ほどまでつかる海水を見て、さすがに顔をしかめる。あのままカンナがここにつっこんで来たら、町のものも含めてみな感電だ。
しかし、海水は引くどころか嵩を増した。さらに、日が遮られて暗くなる。地震まで起きた。見ると、超特大大海坊主竜がいよいよその片足を岸壁へ上げたところだった。
大きい。
上陸すると、四百キュルト(約四十メートル)はあるように見える。夏にサラティスを襲った大王火竜ですら全長で二百五十キュルトほど、地面へ立つと二百キュルトないほどだから、ほとんど倍だ。海坊主竜というのは、みなあれほどに大きいものなのか? それとも、こやつが特殊なのか? しかも、口元の辺りに蒸気がたっている。熱水だか、高熱の水蒸気だかを吐きつけるというのを思い出した。竜は、さらに片足を岸壁へ上げ、完全に上陸した。あれでは、サラティスの城壁をも余裕で乗り越えられそうだ。
「あんなものが立って歩くのか……!」
アーリーも瞠目せざるを得ぬ。
また、竜人化するか。いや、だめだ。この短期間で二度も竜人化しては、目的を果たす前に死んでしまう。この姿で戦わなくては。
しかも、前に大海坊主竜、後ろに暴走したカンナである。
「ギロア様、ギロアさまああ!!」
狂ったように何人かの町の人間が広場で海水に浸かりながら喚いていた。アーリーは助けようともしない。何がどうなったのか、完全に常軌を逸している。泣きながら踊るように両手を上げ、くるくる回っているではないか。
海坊主竜がそれへ気づいたのか、身をかがめ、海水を滴らせながら、ぐわり、と顔を近づけた。とって食おうというのだろうか。いや、口をあけ、意外に細かくびっしりと並んだ鮫めいた歯を見せると、口元に陽炎がたった。
広場から通じる道にいたアーリーが、とっさに路地へ入って、さらに建物の壁をよじ登った。瞬間、真っ白の高熱高圧の蒸気が通りを走り、路地にも流れ込んできた。
「……アツゥ!」
火には強いアーリーも熱水は勝手がちがう。間一髪で屋根に上がる。濛々と周囲を埋めつくした高熱水蒸気が風に乗って晴れると、広場には肉も融け骨まで見えて一瞬で煮えたぎった人間の残骸がごろごろと転がっていた。
さらに、竜は火山の噴火を思わせる轟音で吠えると、建物という建物を破壊し、尾でなぎ払って歩み始めた。その視線の先には、カンナがいる。
とたん、バガン、バガン、ボガン! バーン! 破裂音が連続、かつ移動して響き、稲妻をふりまきながらカンナが宙を飛び始めた。アーリーが驚いて頭上を目で追うと、音の障壁を次々に空中へ発生させ、それをカンナが踏み台にしてどんどん飛び上がっ行く。
「……なんと!」
そして、カンナは海坊主の眼前まで進み、特大の雷鳴の塊と巨大球電、さらには稲妻の奔流を豪快に竜めがけて叩きつけた。
だが、衝撃波と眩しさに顔をおおったアーリーが次に見たものは、ハエのように手で叩き払われ、丘の中腹につっこんで地面にめり込んだカンナであった。
「なんと……!」
アーリーも驚きを隠せない。あの大海坊主竜は、デリナをもひるませたカンナの攻撃を顔で受けて、ハエほどにしか感じないというのだろうか。
現に、くしゃみをして顔を震わせている。
音圧の楯で身を護ったカンナは起き上がり、再び緑に光る眼をむいて同じことをしようとしていた。特大海坊主竜も、カンナを睨みつけている。
(あんな戦い方ではだめだ……!)
アーリーは意を決し、竜がカンナへ反撃するより早く屋根から屋根へ跳んで走った。そして建物越しに丘に続くゆるやかな坂を上ってゆき、やがて建物を下りて丘の一本道に入る。すぐに、眼前にプラズマをまとうカンナが目に入った。カンナもアーリーを認識したようだ。黒剣を振りかざし、駆けだした。