第3章 1-2 コンガル侵攻隊
「ウベールは、女房、子どもも殺されてるんで!」
ウベールの肩へ手をおき、その髭面が涙目でアーリーへ訴える。
「そうか」
呆気なくアーリーが云い、立ち上がった。もう、男達を見ていなかった。
「それは、私には関係の無いことだ。好きにしろ」
そして、建物を後にした。やや呆然として、面々はアーリーを見送った。
アーリーはその足でまた出張所へ戻った。
「どうなりました?」
職員がそう尋ね、固唾をのんだ。
「退治を請け負う。ニエッタとパジャーラを呼んでもらいたい」
「ト、トケトケはどうします?」
「あの娘はサラティスのバスクではない。任意になるが、そうだな……呼んでもらおうか」
職員の小太りのおやじが汗を拭きながら上着を着込み、外に出た。そして半刻(約一時間)もしないうちに、三人が集まる。ニエッタとパジャーラは、何事かとびくびくしていた。
「コンガルへ行き、バグルス退治を行う。サラティスのバスクならば、協力を願いたい」
「セ、セチュをやれっていうんですか?」
「そうだ。断ってもかまわないが、いまが連中を排除する機会だ。ガリア遣いは一人でも多い方がいい」
そう云って、アーリーはトケトケを見た。トケトケもアーリーに負けぬほど鋭い眼の光で、視線を弾き返す。
「あたしはかまわないわけ」
「トケトケ……!」
ニエッタが、何を云ってるんだお前、という眼でトケトケを見つめ、たまらず肩に手を当てた。三人は、既にシロンを通じてギロアから金を受け取っている。これでは、二重の裏切りだ。
「いまはこっちでしょ」
トケトケの意味深な言葉と態度に、ニエッタが細かく震えだした。パジャーラに到っては顔面蒼白で、脂汗にまみれ、いまにも倒れそうだ。
「大丈夫よ」
ニエッタは狼狽し、この十歳近くも年下のガリア遣いの胆力に、途方に暮れるだけだった。
「話はついたか。よければ、前金で三十カスタずつ払おう」
アーリー名義で、出張所から金を引き出す。町役場へ行って換金できる証明書を書いてくれる。出張所は、後でカルマの塔へ書類を回すのである。時間差はあるが、カルマから金が出る仕組みだ。ちなみに、三十カスタとなれば、とてもセチュの報酬ではない。そこはバスクとして扱うのが礼儀であった。
「出発は明日だ。用意をしておけ。なに、前面には我々カルマが出る。お前たちは後方支援と、側面攻撃を頼む」
云い放ってアーリーが行ってしまうと、ニエッタがトケトケを引っぱって外に出て、建物の裏に連れ込んだ。
「なに勝手なことやってんだよ! バレたらどうすんだよ! それに、もしアーリーが負けたら、殺されるぞ!」
トケトケはため息をつき、ツインテールに結んでいる黒髪を揺らして、
「どっちにしろ殺されるわけ。わかんないの? あいつらを信じてるわけ?」
「なんだって!?」
「あたしは、まともにやったらあのアーリーってほうが強いと思っただけなんだけど」
「こいつ……」
ニエッタが奥歯をかむ。云い返せない。
「……よし、いいだろう。わかったよ。やってやるさ。あんな水攻めを使うってことは、正面から戦うと負けるってことだろうからな。こっちから奇襲をすれば……勝てるのかも」
「勝てるから攻めてくんでしょ? あの人、ダールなんでしょ?」
じゃ、明日ね。逃げないでよ、と云い残し、トケトケは余裕たっぷりで行ってしまった。ニエッタは唸り声をあげて建物の壁を叩き、足踏みを繰り返した。パジャーラは最後までおろおろしているだけだった。
マレッティが窓からデリナの密書を切り刻んだものを飛ばして窓を閉め、ややしばらく考え事をしていると、扉をノックする音がして飛び上がった。
「誰!?」
「私だ」
「アーリー……」
見られたか? いや、アーリーは出張所へ行っていたはずだから、時間的にも大丈夫だし、逆方向から歩いてきたはずだから、方角的にも大丈夫だろう。
「どおぞお」
「調子はどうだ? 歩けるか?」
「もう大丈夫よお」
マレッティはベッドから下りた。まだ少し力が入らなかったが、元々ケガはほとんどしていない。二日も寝れば問題ない。
「ガリアはどうだ?」