第2章 6-2 カンナ圧倒
殺られた、と、マウーラは思ったが、シロンの攻撃が先だった。マウーラは瞬時にどこでもいいから明後日の方向へ跳びこんで伏せた。さらにガリアの楯で後頭部と背中を護った。シロンが、ガリアである棍の先を、直系十キュルト(一メートルほど)にもなった巨大な氷の塊ごと飛ばしつけた。極低温の氷塊が、冷え冷えとした白煙をたて、ぶうんと弧を描いてカンナを襲う。カンナへ当たったとたん、爆裂する! しかしカンナは振り返って、雨を巻き込んでギラギラと氷の粒をまき散らしながら澱みなく飛んでくる氷塊へ向けて、額の球電を放った。
それがまともに氷の塊とぶつかる。爆音をたてて氷結爆砕と球電破裂がおき、鋭い氷の破片が凄まじい速度で周囲にまき散らされた。マウーラはガリアの楯にがつんがつんと当たる氷の粒と、飛び散って燃え盛るプラズマの粒に恐怖した。思わず亀めいて長い脚を縮める。
「うおおおあ!!」
カンナの雄叫び。デリナをもひるませた球電が、幾つも……いや、十以上も出現した。光り輝いて周囲を照らしつけ、浮遊して電磁音をたてた。びりびりとプラズマがカンナから発せられ、地鳴りめいた音がガリアから響く。上空の雷も恐ろしいまでに集まっている。ここにきて町の人々も異変を感じ、外に出てきて丘の上のこの光を多数目撃した。察しの良いものは悪天候にもかかわらず、船で脱出する用意をはじめた。
「こっ……こんなやつに……勝てるはずがない……!!」
圧倒され、シロンが眼をむき、後退った。
そのカンナを、炎の鞭が幾重にも取り囲んで縛りつける。
ヴィーグスだった。炎の鞭を二本、両手で操っている。
「シ、シロン様、いまです!」
シロンは、ヴィーグスを見捨てて逃げるかこの隙に攻撃するか躊躇した。逃げたところでギロアに殺される。それへ気づくのに、一瞬の判断を要した。その瞬間、すべての球電がカンナの怒りと共にヴィーグスへ降り注ぐ。
幾重にも火柱が立って、連続した爆発音が花火めいて耳を襲った。閃光がこぼれ落ち、眩しさにシロンは眼をおおった。マウーラも近くでまだ亀となっている。やがて、球電がみな炸裂して消え、周囲に暗雲の暗がりが戻ると、白煙と閃光の中のヴィーグスは跡形もなく砕け焦げ、足首の一部しか残っていなかった。
「ヴィー……」
シロンは歯を食いしばった。
戦いの役にも立たない、雑用の下女みたいなものだったが、ガラネルやギロアに甲斐甲斐しく尽くしていた。必死に生きていた。ガリアを使って、自分を見下していた者たちと戦っていた。殺し屋としては半人前以下で、段取りも詰めも甘かった。スターラのメストでも下っ端の下っ端だったが、シロンはその必死さがどこか憎めずにいた。
それが、ダールにも匹敵するガリアを持ちながら、ただ流されて能天気に生きているような小娘に、呆気なくやられてしまった。
殺し屋が、感情的になってはいけない。死ぬ。シロンは心の乱れを隠そうと努めた。だが、たった数年、共にギロアと仕事をしてきただけの下女めいた格下が、捨て駒にして逃げようとすら思った相手が、ここまで自分の心を支配していたとは思わなかった。
「立て!! マウーラ、いつまで寝ている!!」
シロンは、怒りに震えた。
「この命にかけて、メストのシロン、誇りにかけて、貴様を砕いてみせる!」
悲壮さにも似た、シロンの叫びだった。
マウーラもシロンの怒りに応えるべく、勇気をふりしぼって立った。右楯を前に、左剣を下段で半身に構える。正アーレグ流の正面の構えだ。
カンナは稲妻も地鳴りも納めて、不気味な静寂のままうつむき加減で立っていた。雨も上がって、急に午後の晴れ間が見えてくる。黒剣がだらりと地面につくほど下がったままだった。マウーラの攻撃による「重さ」がまだ残っているのならば、とても振り上げられるものではない。カンナがただの剣術遣いならば、それだけで本来ならマウーラの勝ちなのだが。
シロンが、無言のまま、挟撃の指示をマウーラへ出した。マウーラもうなずく。
稲妻の力が納まっている機を逃す手はない。
マウーラがしかける。
ガリア「灰色厚重鎧楯」を振りかざし、半身のまま突進した。楯をハンマーのようにぶち当て、衝撃波を流し込むと大猪竜ですら卒倒する。マウーラは、カンナの眼鏡ごしに光る眼が自らをとらえたのを確認した。来る!!
「ううううう!」
カンナの唸りが響く。唸りと供に一気にズゴゴゴゴと低音が響き、膨れ上がって、黒剣がスパークした。が、剣は持ち上がらなかった。がっくりとカンナの右肩が下がって、まるで重しをかけられているようだ。勝機! 自分の術は効いている。マウーラはカンナめがけて楯を当てに行った!