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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第2部「絶海の隠者」
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第2章 4-1 竜の島

 4

 

 もぞもぞと起き出して、またあのパン屋へ向かおうとした。今日は、薄曇りだった。より寒くなっている気がする。雪が降るのではないか。早起きしたので、港は逆に活気があった。冷たい水で顔を洗って口を濯ぎ、家にあった上着を着込んで外に出た。ディンギーの漁船が次々に帰って来る。漁師たちは厚手のウールや、オイルを染み込ませた独特のきめの細かい綿地ジャケットを着ていた。たくさんの海鳥が群がっており、陸にはおこぼれをもらおうと犬や猫、そして……様々な小さい竜が待っている。


 船から網で大量のニシンやイワシをすくい、籠に入れる。塩漬け、オイル漬け、干物、魚油、魚醤、魚粉、肥料用の搾りかすなどに加工して、ベルガン、リーディアリード、さらにはラクトゥスを通じてそれぞれスターラ、サラティス、ウガマールへもたらされる。


 カンナはぼんやりとその作業風景を見て、音を聴いていた。人々はサラティス語とパーキャス語が入り交じった言葉を話している。女性陣が汁物や焼き物を用意し、屋台のようなものを出していた。うまそうな匂いだ。あれは、部外者も食べられるのだろうか?


 が、誰も見慣れぬカンナに気づかないので、ここでも見えてないのだろう。

 と思ったが、

 「ほれ、焼きたてだよ」


 炭火で魚を焼いていた老婆が、いま焼けたばかりのイワシを木皿へ五匹も乗せてカンナへ差し出した。木のフォークもついている。


 「……ありがとうございます」


 カンナは小銭を出そうとしたが、もう老婆は行ってしまった。フォークで身をとり、小骨も気にせずにすっかり平らげると、皿を返しに人込みへまぎれるも、誰もカンナに気づかず、ぶつかっても不思議そうに振り向くだけだった。老婆もみつからずに、カンナは皿を屋台の近くへそっと置いてその場を後にした。犬が走ってきて、残ったイワシの頭と骨をたべた。


 「バーレスの連中、竜に追いかけ回されて、漁どころじゃなかったようだ」

 「いい気味だぜ」

 「こっちは、ギロア様のおかげでよう」


 「また新しいガリア遣いを呼ぶっちうが、稼いだカネがみんな退治税にとられて、ガリア遣いに流れてる。それでも竜を退治すると息巻いとる」


 「連中、正気の沙汰じゃねえ」

 「(あけ)のパーキャスって知ってるか?」

 「しってるとも! 反ギロア様の急先鋒よ」


 「あんなやつら、竜にぜんぶやられっちまえばいいんだ。そうしたら、あいつらの縄張りでも漁ができる……」


 漁師たちの、そんな会話が聴こえた。

 (ギロアの仲間になったら、あの人達から見てもらえるようになるのかな?)

 そんなことも考えてしまう。

 足元を、竜と犬が駆けっこだ。


 (寒い……)

 それは、心が寒いのだった。


 とてつもない疎外感が、カンナを襲う。アーリーとマレッティの安否も分からないし、島から出る方法も分からない。おもて向きだけとしても、ギロアを頼るしかないのだろうか。どちらにしろバルビィの作戦も気になる。バルビィに会わなくてはならない。


 (どこにいるんだろう?)


 たぶん、ギロアの館だろうが、行きたくなかった。仕方がないので、また散策する。散策といっても町はせまく、すぐ一周してしまった。町を出て島の中を探索する気にもなれない。行くところが無くなり、手持ち無沙汰でまたカルビアーノの前にいた。しかし、まだ午前中なので、店はやっていなかった。


 「あら、カンナさん?」

 どこかで聴いた声。見ると、通りに、ギロアの館の下女をやっていた中年女性がいた。


 「あ、えーと……」

 「ルネーテよ」

 「あ、そうそう、ルネーテさん……」

 「買い出しに来ているの。どう? コンガルは。いいところでしょう?」

 「ええ、まあ……」


 一日やそこら見て回っただけで、いいところかどうかなんてわかるはずも無い。まして住民には見えていないのだし。


 ルネーテは食材を買っていたが、編み籠を手にさげたままカンナへ近づき、


 「どう? ギロア様の秘術で、みんな竜と仲良く暮らしているでしょう? でも、それでいいのよ。中には効きめが悪い人もいるけれど、そのうち竜と自然に接するようになる。ギロア様の術は、たんなるきっかけだもの」


 「はあ」


 二人は連れ立って歩き、ルネーテがパーキャスでは一般的な、レンズ豆を乾かして砕き、水で少量の小麦粉と練って形成して油で揚げた菓子を買ってくれた。豆の味しかせず、カンナとしてはあまりうまいものではなかったが、食べたのがイワシだけだったので小腹の足しにはなった。


 そんな二人の側を、子どもと竜が連れ立って走って行った。


 「あの竜は愛玩用の種類だけど、海でも、コンガルの人々は竜へ敵愾心が無いから、竜もあまり襲わないのよ。襲われても、逃げる手段をギロア様に教わっているし……竜なんで戦うだけ無駄なんだから」


 「そうでしょうか。みなさんは、サラティスやストゥーリアに出る、空を飛んで人を襲う軽騎竜や、大猪竜に……なんだっけ……あ、そう、大王火竜を知らないからそう云えるんです。問答無用で襲ってきますよ。それに、バグルス……バグルスは、どうするんですか」


 「バグルス?」


 やはり、知らないのだ。暢気(のんき)なことを云っている。あんな凶悪なバグルスと共存など、できようはずがない。


 「そこらへんは、ギロア様に聞いてみたら? きっとギロア様なら、そのバグルスという竜とも、戦わなくてもよい方法を知ってらっしゃるわ」


 「そんな方法……」

 「あるわよ、きっと。ギロア様なら、知ってらっしゃる」


 そんな、ばかな。あるわけない。カンナは否定したが、声には出なかった。もしかしたら……竜の国にはあるのかもしれない。なぜなら、彼女は云うなればバグルス側の人間なのだから。


 (バグルスと戦わずに、いっしょに暮らす方法……かあ……)


 カンナは考え込んだ。否定しようにも、そんな方法が本当にあるのかどうかのほうに興味が移る。ルネーテと別れ、カンナは家へ戻った。寒かったが、暖炉の使い方が分からない。バルビィも帰って来ないし、引きこもってぼんやりと何刻も窓から空を眺めた。暗くなって、またカルビアーノへ行く。ようやくまともな食事にありついた。日替わりで中身の変わるお馴染みの魚介のスープと、豆とハーブ菜と白身魚の炒めものの魚醤風味、牡蛎を素揚げしたもの、豆とハーブのパンへ焼いた魚肉団子をつぶして挟んだものを食べて、カルビアーノのおやじともあまり話さずに、帰って寝た。

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