第1章 1-1 可能性鑑定
第一章
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空は濃く広がり、青を白く抜く雲の底が厚い。
「バスクの街」と呼ばれる、人口三万ほどの城砦都市国家サラティスの可能性鑑定所を、およそ似つかわしくない貧相な姿のその娘が訪れたのは、初夏も終わりかけたやや汗ばむ時期の午後だった。
先ほど城砦の正門をくぐったばかりであろう埃まみれの旅装のまま、人気のない待合室で、娘はフードをとった。潮と砂で褪せんでいるが不思議な輝きを保つ黒鉄色の長い髪に、大きな眼鏡の水晶ガラスが光っている。二重で丸い濃い翠の眼をした地味な顔だちだが、どこか気品があって華奢だった。
ここは、これからバスクとしてやって行こうと思っている己のガリアに覚えのある人々が最初に鑑定を受ける場所である。図書館の下働きのような娘が、目を引いたのは当然だった。
受け付けをし、なけなしの持ち金で鑑定料を払って、娘は順番を待った。視線を感じたが、娘は疲労によりその視線を無視することができた。この時間の鑑定所は混雑しておらず、半刻(一時間ほど)も待たずに係の者に呼ばれ、狭い個室へ入った。
制服代わりである鑑定所共通の濃い藍色のローブ姿の老婆がいた。まるで占いの館だが、じっさい、似たようなものだった。
「座りなさい」
云われ、娘はもたもたと椅子についた。
「名前と、歳……」
「カンナです。歳は十四……」
けだるく答える。
「本名は?」
疲労感たっぷりの顔に緊張が走った。老婆は分かっていると手を振る。
「ウガマールから来たのだろ? ウガマール人はふだん通称を用い、本当の名前は滅多に人に教えないそうだが、今はその滅多にないときだ。正しい鑑定ができないからね。バスクとしてやってくのだろ? そうは見えないがね……こればかりは分からないんだ。どんなガリアを遣うのか、それは外見からはまるで分からないからね。さ、外に聴かれたくないのなら、小声で云いなさい」
やや戸惑っていたが、カンナは蛇の吐息のように囁いた。
「カンナカームィ」
老婆の眼が見開いた。稲妻をくらったようだった。カンナはさらに戸惑って、おろおろと視線を泳がせた。老婆はこの鑑定所で最も年寄りで、最も長く鑑定をしていた。鑑定の力は、最も確かなのだった。
息を止めていた老婆が大きく息をついて、カンナはほっとした。
「生きてるよ」
見透かされ、思わず視線を外す。
「こりゃまた、長生きしてたら珍しいものに会うものだ! ……いいかえ、あんたの可能性は99。99だよ。信じられないだろうが、間違いなく99だ」
「……え!?」
「もう一度云うよ。『アンタが世界を救う可能性』は、99だ。もう云わない。誰か!」
すぐに係の者がドアを開けた。
「こちらの御方をカルマへ御案内しな」
髭づらの中年男性は驚きと不審をない交ぜにした顔でカンナを凝視したが、老婆に一喝され、すぐにカンナへ向けこうべを垂れた。
「あの……いや……間違いです。絶対に間違いです」
「あたしの鑑定に間違いなんか無いね! だけど、あんたね、勘違いしちゃいけない。可能性はあくまで可能性だ。あんたにやる気が無いんじゃ、明日にでも死ぬよ。ここはそういう街なんだから。……99なんて、本当はバスクの中のバスク……『バスクス』とでも云うべきところだが……そんな惚けた態度じゃ、とてもそうは呼べそうに無いね。いや……さては、あんた、自分の当てがはずれたかい? 自分の可能性なんて無いも同然だって、ガリアが遣えるからって期待され、ここに来たはいいが、戦いなんてしなくてすむって、思ってたのかい? そうは問屋が卸さないのが人生だ。さ、気合入れて、存分に竜と戦いな!!」
いいように云われ、引きずられるようにして、カンナは部屋を出た。
そのまま、丁寧なのだか強引なのだか分からない扱いでカンナは街の中央にある塔へ連れてゆかれる。人々は何事かと思ってカンナを見たが、まさか、このメガネがいまにもずり落ちそうな近眼の娘が、カルマの新メンバーとは思いもしていないのは確かだった。可能性40以下のバスクになれない補佐階層であるセチュの新人が、バスクの頂点にたつ可能性80以上のカルマの下女にでもされて、恐ろしくて嫌がっている。そう誰もが思った。
カルマの塔はサラティスの象徴だった。この石造りの建物は、城砦都市で最も高く、城砦の向こうに広がる荒野を睥睨している。一階に事務所があり、あとは頂上へ行くまでにカルマに所属するバスクたちの居室があって、頂上にはそのバスクたちの集合控室を兼ねた広間がある。しかし、誰も入ったものはいない。当のカルマのバスクたちと職員以外は、立ち入ることを禁じられている。