見えない敵。
皆を一言で断じてレブは穴からぴょん、と一息に跳び出す。
「おい皆……」
「フジタカ、何してんだ!」
「そうよ。油断しないで」
剣をしまったフジタカにチコが怒鳴り、カルディナさんも頷く。何かを言いかけていたフジタカの横にレブが移動した。
「いい加減にしろ……!」
発せられた低い一喝に、その場に居た全員が肩を竦めた。
「レブ……」
「気付いたのは貴様と犬ころくらいのものだ。他の連中は目も当てられん」
レブは容赦なく言って腕を組んで目を細める。気付いた、って何を……?
「無自覚に言ったのか」
私が実は気付いてないかもしれない、と察したのかレブが横目でこちらを見る。
「皆、ビビり過ぎだって。……フエンテにさ」
フジタカが言った途端、皆の表情が更に強張った。
「……先の目玉だらけの巨人。奴はただのビアヘロだ」
言ってレブは固まっていた人達へ背を向けた。
「目の前の敵に対処もできず、相対してもいない影に怯えてどうする。何から契約者を守る気だった」
「ちょっと、レブ……!」
さっき無意識に私達はビアヘロを、と言ったのを思い出した。フジタカもさっきの発言からして、現れた異形への対処に集中していた。……他の人達がフエンテを警戒していたのに対して。それが気に入らなかったんだ。
「………」
「………」
見れば、カルディナさんもウーゴさんも俯いている。他の人達も完全にレブに言われた事を噛み締めて落ち込んでいた。
「あ、あの……レブも悪気は無いんです」
「分かっているよ」
ライさんも重々しく口を開いて、抜いていた剣をやっと鞘にしまう。
「見えぬ敵の恐ろしさを疑うばかり、見える敵に挑めなかった。戦士として情けない」
「でも、ココをずっと守ってくれてはいたじゃないですか」
剣の柄をギリギリと締め上げる様に握ってライさんが喉を唸らせる。
「………ふう」
しばらく厳しい顔をしていたライさんが一息。肩を落とすと表情をなんとか和らげさせた。
「トロノの召喚士が呼んだインヴィタドの力、見せてもらった。次こそは我が剣と魔法の力をお見せしよう」
「楽しみにしてます。ね、レブ?」
「ならば次も私が先手を取るまでだ」
なんとか着地点を見付けたのに、この負けず嫌い。
「俺は抜かずに済ませたいけどな……」
「……ある意味真理かもな」
フジタカの何気ない一言をトーロが拾う。武器を使わずに済む世界にいた人だからかな、そういう発想が生まれるの。私達、武器も魔法も使う事しか考えてなかった。
「ココ、もう大丈夫だぞ」
「うん……」
後ろに下がらせていたココもようやく前に出る。流石にあんな巨体の怪物が出てきたら驚くよね。
「あれ、ビアヘロでいいんだよね」
「私達以外に召喚士らしき気配は無い」
レブも歩き出しながら答えてくれる。最初から気付いていたのかな、召喚士が近くにいないからあの巨人はビアヘロだって。
「これを預ける」
レブが私に振り返って落ちていた板切れを渡してくる。私の掌と同じくらいで軽い。何かと思って見回していると、本人が教えてくれる。
「あの巨人の爪だ。犬ころが消す前に切除した」
「いつの間に……」
やったとしたら踏み付けられる前かな。黄ばんでる……。
「カルディナさん。これ、さっきのビアヘロの爪です」
「これ……ソニアに持って帰ったら喜びそうね」
カルディナさんが手に取って私も思い出していた。
「あの、この爪、我々にも分けて頂けませんか?こちらでも照合できるかもしれない」
ビアヘロを知っているのは何もソニアさんだけではない。フェルトでも何か分かるかも。……と言うか、私達がビアヘロに詳しくなさ過ぎるんだ。
「じゃあ……」
「貸してみろ」
トーロがカルディナさんから爪を取り上げ、斧で二つに割る。……爪を渡すよりも、あの外見の特徴を伝えるだけでも分かりそう。
「では、これを」
「ありがとうございます」
ウーゴさんも爪を鞄にしまった。
「フジタカもレブも慣れてきたよね」
「物的証拠が必要ってのは分かるからな」
レブが笑った。
「隠滅したい時にこそ真価を発揮するのだろうな、その力は」
「止めてくれよ、俺をどんどん人から規格外にしていくの」
見た目からして人じゃない、って言ったら傷付くよね……。竜人とか獣人も同じ人なんだもの。
「見た目は犬ではないか」
言わないでいたのに!説得力無いよレブ!
「だったらお前はデブ怪獣だろーが!」
こっちはこっちで言い返してるし!
「……君達はいつもこうなのか?」
「えぇ、まぁ。……なんというか、すみません」




