壁にレブあり。
「………」
体を動かしたくて宿の外に出ると風を強く感じた。木や建物が遮ってくれないからだ。強めに吹くと土埃が目に入りそう。
「おはよう、お姉ちゃん」
後ろから声がして振り向くと、立っていたのはココだった。ザリザリと爪先で土を掘り返している。
「うん、おはよう」
「早起きだね?」
私が外に出てから宿の扉が開いた音はしなかった。
「ココの方が早かったんじゃないの?」
「まーね!」
笑ってココは胸を張る。私も彼の屈託ない笑みに口元を緩める。
「起きてるといっつもライはうるさいから、こうして早起きして静かなひと時を楽しむのも大事かなって!」
見かけによらず大人っぽい事も言うんだなぁ。
「ライって寝起き悪いんだよ!大口開けて寝て、起きてもしばらくはもぞもぞ毛布にくるまってさ!」
身だしなみを整えるのに時間が掛かるとかじゃないんだ。あの所々編まれた鬣の手入れは大変そうなのに、普通に寝坊助。ちょっと見てみたいかも……。
「それで、それでね!」
「あ、あの……!」
まだ続けようとするココを悪いが止める。
「静かに過ごしたかったんじゃないの?」
「え、うん!最初はそうだった!でもザナ姉ちゃんと話したくて、予定変更!」
軽いなぁ……。でも、どうせなら私も変更しようかな。ココとは話してみたかったし。
「だったら俺も混ぜてくれよ」
声と同時に扉が開く。ココは現れた相手にも笑顔を向けた。
「フジ兄ちゃん!」
「おっす」
フジタカは軽く手を上げてこちらにゆっくりとやって来た。
「どうしたの?」
「声がしたからさ、ちょっと来てみただけ」
言ってフジタカが宿の上を指差す。……もしかして。
「レブ、起きてる?」
私が呟くとフジタカ達の使っていた部屋の上げ下げ窓がゆっくり開けられる。私の質問に反応して顔を窓からひょっこり出したのはレブ本人だった。
「ま、まだ早いし寝てていいよ!」
「……そうか」
それだけ答えてレブは顔を引っ込める。ここからでも丸聞こえなんだ。たぶん寝てないだろうなぁ。毛布にくるまる音は聞こえなかったし。
「チコは寝てた。トーロも寝てるんじゃないのか?」
男四人一部屋で寝るのも窮屈だろうな。
「……ココはライさん達と寝てるの?」
「うん!その方が警護しやすいって」
そりゃあそうだ。私達だって本来ニクス様と一緒に居た方が良いのに別室をわざわざ用意してもらっている。本人は構わないと言っていたし、今後は相部屋も検討してもらおうかな。その方が予算も浮くし。言い出したらレブも私と同室が良いと言いそう。
「ウーゴも可哀想だよ。ライを起こすのって大変なんだから」
「おっさんなら仕方ないさ」
レブが動いた気がして振り返ったけど窓には誰もいない。フジタカは若さを前面に押し出してどうしたいんだろう。それにライさんの年齢は分からない。私達よりは年上で間違いなさそうだけどね。
「僕から言わせれば子どもみたいなものだけどなー」
大人ぶってちょっと可愛いかも。
「お前は何歳なんだ?実は子どもに見えて年寄りとか……」
「フジタカ……」
後でレブに怒られるよ……。
「僕は十三歳!今年で十四になるんだ!」
「……そうか」
見かけ通り、と言うか見かけよりも幼いかも……中身が。考えの切り替えが早いのは良い事なのかな。
「あのさ、ココ」
「なーに?」
間延びした返事をしてココが私を見る。くりくりと丸い目が、朝の陽射しを浴びてキュッと細まった。
「ココはいつから契約者をしているの?」
「えーと……五歳かな」
私の質問にココは考えたが簡単に答えた。考える、というのは昨日のフジタカの悩みの様ではなく、単純に数えていただけ。
「生まれつき、最初から契約者だったの?」
「たぶん」
首を傾げる辺り、物心ついた時には契約者としての力があったんだろうな。ニクス様はどうなんだろう。本当なら、先に聞くべき相手なのにこうして目の前の少年に聞いているのは後ろ髪を引かれる気分だった。
「ザナ姉ちゃんは契約者に興味があるんだ」
「そうだよ」
否定しても、隠しても仕方ない。自分の気持ちを正直に言うと気になっていた。この世界になくてはならない存在が、何を思い、何を考えているのか知りたい。ココはニクス様とは違う。レブの知っている契約者とも違う。契約者として世界に向き合ってきた環境は違うと思うんだ。
「俺は契約とかした覚えないんだけど消せるんだよな」
フジタカは自分の手を見下ろして耳を畳む。ピンと来ないんだろうな。でもそれは私も同じだよ。ようやく実感を得られたのは本当につい最近。




