裏の闇に潜む影。
ナイフを取り出したが刃は見せない。フジタカはアルコイリスの輪をカリカリと回して口を曲げた。
「その条件とは?」
「………」
ライさんの問いにフジタカは口を開きかけて止めてしまう。代わりに私達を見た。
以前のレジェス達の襲撃は夜だった。契約者の暗殺を狙うなら日中よりも忍びやすいから、と理由としては妥当だが実際は違う。……話して良い相手か、見極めてるんだ。トロノの皆すら、知ってるのは一部なんだもん。
「ココはまだ幼い。だが、信用はできる」
「……うす」
静かに声を洩らしたのはニクス様だった。フジタカも面食らった様だったけど、契約者からのお墨付きに頷く。
「俺はナイフで切った相手を消せる。でも、夜にこの力を使えない」
「じゃあ……」
ココが窓の外を見る。もう暖炉の火の方が外よりも明るい。
「今日は無理だな。また明日になったら見せるさ」
フジタカの笑みは弱々しい。
「……ニクス様の襲撃は夜の油断も狙ってた。加えて俺の能力も警戒されてた……らしい」
「そうか。そのナイフが使えなければ……」
「取り柄が特に無いんだ。ゴーレムを一人で倒す事もできない」
自虐のつもりでは無いのだろう。フジタカは牙を見せて短く唸った。
「……どう見る、ココ」
ライさんが腕を組んで隣のココを見る。
「大丈夫」
目を伏せてココは笑った。
「時が来ればできると思うけどなー」
それを聞いて動いたのは、まさかのレブだった。
「叶えば無敵だな」
「ははっ、だな」
フジタカも無理に笑っている。もし“夜でも消せるナイフ”になったらフジタカに死角はなくなるだろう。無詠唱で切っ先を触れさせるだけで相手を消失させるナイフを恐れぬ者なんているわけがない。
「君みたいな力を向こうの召喚士も持っているのか」
ウーゴさんが指を組んで火を見詰めながら呟いた。
「……そして、俺よりも使いこなしている」
フジタカはそっとナイフを収納した。
あの場面でレジェスとアマドルを消した何か。あれは異界の門が開いて吸い込まれたなんて表現はできない。確実にフエンテについて話そうとした二人を口封じしたんだ。
……案外、近くに居たのかもしれない。それかあの話を盗み聞きする魔法の使い手だったか。どちらにせよ、触れられず感じ取れない他者の存在が影に潜んでいる。
「……突然現れて計画的に襲ってくるなんてビアヘロよりも質が悪い」
ウーゴさんの肩にライさんが手を乗せる。
「情報が少ない。少なくとも、今回で終わりではないのだな?」
ライさんの確認にトロノから来た私達は全員で頷く。レジェスとアマドルがどうなったかまでは知らない。仮に彼らではないとしても、別の何かが再び契約者を狙う。信じたくなくとも、覆るとは思えない。
「……ニクス様と皆さんはお疲れでしょう。今日はもうお休みください」
ウーゴさんが立ち上がる。
「俺達も身の振り方を考えないとな」
続いてライさんも立つとココが彼の腰にしがみついた。
「もう戻るの?」
「次にどうするか決めないといけないだろ」
「ちぇー」
さっきのフジタカの言葉を聞いたかいないのか、ココはやはり変わらぬ様子だった。
「先に戻る。君達も早めに寝た方が良い」
「はい!」
「……教えてくれてありがとう。助かったよ」
最後にライさんは微笑んでウーゴさんとココを連れ、二階へと上がり部屋へ入っていった。
「ライさん、しっかりした獣人ですね」
「元の世界で教育をしっかり受けていたのかしらね」
だとしたら、オリソンティ・エラの……ウーゴさんの召喚に応じたのも理由があるんだろうな。使命に燃えるとか……。
「……ん?どした、ザナ」
巻き込まれてしまった男子高校生。
「……人の顔を見て複雑な顔をするな」
そして婚活竜。
「……はぁ」
私とチコの召喚は、使命感みたいなものに共感をしてくれそうな相手ではないかな。今では二人とも、私達にとってなくてはならない存在だけど。
「一服する間もなかったからな。私達も休むのか」
「そうね。各自、明日の朝にもう一度この広間に集合しましょう」
カルディナさんとレブは仕切るのが上手い。……他の人が前に出ないからってのもあるのかな、私も含めて。
カルディナさんの決定に私達は解散し、早々に床に就いた。怖い話をした直後とは言え、疲れは正直に休息を求める。
カルディナさんと同室で眠るのも慣れたもの。多少の寝返りにはお互い気にする事もなく眠りに落ちた。だけど私は自然に目が冴えて、翌朝にはすぐ起き上がってしまう。二度寝は半端に疲れるからあまりしたくない。




