カラバサを歩いて。
更に走ってカラバサに到着した私はまず、馬車を降りて大きく背伸びをした。
「あぁ……うぃっと!」
ずっと座ってるのも大変だよね。揺れでお尻や腰も痛いし。他の皆もほとんどが同じ様に伸びをしていた。レブとニクス様に至っては飛ばずとも翼も広げている。
「ロカと同じだ。土の匂いが濃い」
「そうだね」
レブの感想に私も同意する。開けた風景は村の境目を失くし、平原から山までずっと続いている。南東に見える山……見えないけどあっちの方にロカだってある筈だ。畑の匂い、って言うのかな、木の新鮮な香りはここではほとんど感じられない。これはこれで未知の体験だなぁ。
「お待たせ」
無事に着いた事で路銀を業者に支払っていたカルディナさんがやって来る。あの馬車もカラバサで客を確保したらまたコラルに戻るみたい。
カラバサで採れた野菜は馬車で港まで運ばれてアーンクラや各港、そしてあちこちの町に出荷されている。まだ冬になる前だからしばらくは忙しいんじゃないかな。私達みたいに人を運ぶ仕事の方が少ないかも。
せっかくなら宿の前に連れて行ってもらえば良かった。でも聞いた話だと、業者さんが近所に知り合いが居て顔を出したかったそうだ。それなら、と村に着いてすぐに私達は歩いていた。村だから広くないだろう、と思っていたけど一軒と一軒の距離が大きい。簡単な地図も貰ったけど簡略化されていて、どれくらい離れてるかもよく分からなかった。
「広場の近くって書いてるよな?どこもかしこも広いんだよな……」
チコも荷物を背負って歩く。柵とかも無いけど、害獣対策はどうしてるのかな……。一応、鳥避けのカカシは幾つも立ってるけど。
「あ、人だ」
汗が少し滲むくらい歩いた頃、少し遠くに人の姿が見えた。何人か集まっている。
「あれって子ども……?」
「子ども二人と大人三人だな」
レブが目を細めて教えてくれる。こっちは人影が見えたくらいだったのに。
「村人かしら……」
「獣人が二人いる。子どもと大人が一人ずつ」
「ふーん……?」
言われてみれば、大人の片方は髪型が人間にしてはふさふさしてる。子どもの方も頭から耳らしき物が飛び出ている……かも。やっぱりよく見えない。
「あ」
目を凝らしていると、子ども……たぶん、獣人の子だ。こちらに気付いて手を振っている。私とフジタカも軽く手を上げて応じると、彼ら五人ともこちらへ向かってくる。
「歓迎されてるのかな?」
「目立つもんな」
フジタカがニクス様とレブの方を見て言った。……確かに、この二人は特に一発で人間ではないと分かる。
「こんにちは!」
「こんにちは」
「おっす!」
そうして一番にやって来たのは猫……ではない。頭からちょこんと色の違う鬣を生やした獣人の男の子。私よりも少しだけ背が高いが年下……かな。元気に挨拶して笑顔を見せてくれる。もしかして獅子獣人、かな。
「久し振り、ニクス!」
「うむ」
最初に私とフジタカに挨拶してくれた子が次に顔を向けたのはなんとニクス様だった。しかも、久し振りって。
「急にすまない」
「い、いえ……」
続いて彼と一緒に現れ私に話し掛けてきたのは、今度こそ間違いなく獅子の獣人。革鎧で筋骨隆々としたしなやかな身体を包み、大きな剣を腰に提げたいかにも戦士然とした男の人は静かに頭を下げた。
「俺はライネリオと言う。だいたいライと呼ばれる事が多い」
「ザナです。ザナ・セリャド」
私が名乗ると、獅子の男性……ライさんは立派な鬣を軽く掻き上げると私に手を差し出した。そっと握ると、ふかふかの毛皮にごつい大きな手が私の小さな手をすっぽり包み込む。レブの大きな手とはまた違う感触だ。最初に来た男の子を獅子だと思ったのはこの人の横にいたからというのが大きい。
「トロノから来た召喚士、か。思ったよりも若いな」
「この前召喚士になったばかりなんです」
力強そうな手に反して柔らかな握手を終えるとライさんは優しく微笑んだ。トーロと同じかそれ以上の体躯で武装しているけど、怖いという印象は受けない。
「それにしては……」
含みを持った表情で私の後ろにいる二人を見る。フジタカは軽く頭を下げ、レブは微動だにせず正面からライさんを見ている。
「……いや、すまない。ザナさん、でいいかな。君は優秀な召喚士なんだな」
「そうだ」
「レブ!」
いいえ、まだまだ未熟です。と、否定しようとしたらレブが先に答える。召喚された側が保証する様な事言わないでよ……!
「はっはっは!そのインヴィタドとも良い関係を築いているのだな」
「どうだかな……」
そっちは何というか、関係がどっちの意味かに依るというか。ああほら、せっかく笑ってたライさんも困惑して私達を見てるし。認めたり否定したりじゃ忙しいよ……。




