フジタカ印の学習帳。
「なぁ、過去進行形とか……やっぱあるんだよな」
レブがつまらなさそうに、しかし手や目を休める事なく辞書を捲る。その隣でフジタカの質問は止まない。
「過去に何かをしていた。表現としては日常でも使うでしょ?」
カルディナさんに教わりたい事は私にもあったけど今はまず自力で反復練習。魔法はそれで済んだけど、フジタカはそうもいかない。
「再帰代名詞とか男性名詞とかもあるんすよね……」
「……フジタカ君、貴方はまず今の気持ち、状態を書けるようになってから考えない?」
「うん……。先は長いよ、フジタカ」
物事には順序がある。私やチコだって召喚学を飛ばしてしまっている部分もあるから強くは言えない。ただし語学に関しては書いて覚えるしかなかった。
「せめてこう……耳で勉強できれば……」
話している言葉は本人からすれば前と変わっていないらしい。私達が知らない表現もあり、フジタカは召喚陣でこの世界にアジャストされたから話せるんだろ?なんて自分で納得している。あじゃすと……調整とかって言われると分からないでもない。
それが仇となっている。発音の練習も不要な代わりに、自分の耳で聴いて覚えられないそうなのだ。挨拶の一つも聞いて、書き取れと言っても咄嗟にできない。トーロもオリソンティ・エラに来た当初は苦労したそうだ。
そうなると、もうひたすらに書いて覚えるしかない。馬車に揺られて字を震わせながらフジタカはまず簡単な現在形の短い文章を書いていた。
「………」
一方、レブはただ眺めているだけ。もしそれで記憶できているとしたら本当に大したものだと思う。私だってたまに表現で悩むのに。
「字、書いてみないの?」
「見ていれば覚える」
簡単に言い切るけど、ブドウや召喚士と言った自分の身の周りにある単語だけでも百や二百では済まない。最初の頁から一つ一つ見ているけど本当に覚えられているのかな……。
無理強いもできないし、何かあれば聞いてくるだろう。その時教えてあげればいいかな、と私は魔法の練習に集中した。本当に出すわけではないから、自分の中にある引き出しをすぐに見付けられる様にするだけ。
そうして馬車で三日の旅はビアヘロに遭遇する事も無く、比較的穏やかに進んだ。途中で挟まれるカルディナさんやトーロからの簡単な確認問題にフジタカは辟易しながらも解答する。前に少し聞いたが、日常的に学力の試験は行われていたらしいから、口では嫌がりながらもこなしてしまうのかな。
レブはレブで少なくとも、フジタカ以上には同じ問題を解けていた。本人の気まぐれで二回に一度くらいでしか参加していなかったけど、それでも読むだけで定着させていたから私もチコも解答を見て目を丸くしてしまう。
「なんでー!?カンニングか!」
「不正は無い。語彙を増やすには単語に触れれば良いだけだ」
覚えたいから書く、が基本だと思うのにレブは本当に見るだけで記憶してしまったそうだ。数日後も同じかは分からない。瞬間的に覚えるのが得意な人もいるし。……でも、この数日を見ていてレブが付け焼刃で終わっているとは思えない。
「まぁまぁ。フジタカだって随分書ける様になったよ」
特段、フジタカの成績が悪かったわけじゃない。寧ろカルディナ先生の出題も熱が上がり、途中からは私も間違えそうな難問も幾つか出されていた。間違う部分もあったけど、習った部分はきちんと押さえてあった。……どうしてレブが解けたの、と聞きたいのは何もフジタカだけではない。
「そりゃあ三日間、起きてる間の集中講義だったからな……。嫌でも覚えるさ」
なんだかんだ言ってフジタカって勉強も好きなのかな。やり遂げた良い顔をしてる。
「一度俺に教えただけあって、慣れたものだな」
「あら。それどころか、二人ともトーロよりも優秀だったわよ?」
「………」
トーロから話題に加わったのに気まずそうに窓の外を見る。私も釣られて目線を移すと、遠くに何かが映った。
「あれって……」
「あぁ。夕方には着くでしょうね」
見えたのは赤茶けた色を屋根が幾つか。建物だと分かるとカルディナさんも少し身を乗り出して外を見る。
「あれがカラバサか。……なんか、田舎だな」
「私達が田舎呼ばわりしていいの?」
チコも端か数秒だけ見たけどすぐに座り直す。トロノよりはもちろん質素だけど、セルヴァ出身の私達が余所を田舎なんて言ったら悪いよ。
「別の契約者は着いているのか」
「私達がロカ経由で訪問する事を見込んだ上での計画だから……たぶん。あと三日経っても私達が現れなければ、去る様に伝えていたわ」
ニクス様にもしもの事があった際を考えて……。私達には今のところは何もなかった。危険が有るとしたら向こうの方かもしれない。




