ひたすらひたむきに。
「拘りや執着ではなく、続けていたからやっているだけ。非効率でも変わらない。契約者の妙な部分だ」
ニクス様……と言うよりもその向こう、もっと大きく契約者という括りでレブが苦言を呈した。それでも前よりは口調が柔らかい。前はもう少し本人に向けて話していたからかな。
それを言うなら、妙なのは私達召喚士もだ。回る効率が悪くても契約者を止めない。彼らを基準に自分達の行動を合わせ続けているんだもの。我儘は多くないが、契約者の言う事を聞くのが当たり前になっている。
「じゃあ誰もカラバサには……」
「行った経験は無い。だが、平地だから馬車も頻繁にコラルから出ている」
トーロの言葉にフジタカがホッとしたのか椅子に身を預けた。
「じゃあ馬車旅?歩くよりは気楽かな」
「そうでもないぞ。盗賊やビアヘロから馬車を守りながら進むからな。気を抜いているだけというわけにはいかん」
一般人はやっぱり馬車旅での有事に備えて武装する事もある。傭兵を雇ったり、召喚士に付き添ってもらったり。今回は私達自身が召喚士と戦闘向きインヴィタドだから護衛はつかない、って事だよね。
「怖がらせないの。ロカの方が山賊もいそうな雰囲気だったじゃない。この地方は基本的に野盗の心配は無いと思うわ」
カルディナさんが笑って教えてくれる。その裏に、ただしビアヘロとフエンテについては分からないと言われた気がした。他の皆も気付いていると思う。
「車内で時間があれば魔法の疑問も答えてやる。気楽にくつろぐ時間にはならないぞ」
「……はーい」
早速トーロはフジタカに指導してやる気の様だった。私も期待してカルディナさんを見ると苦笑だけ返される。
「馬車の確保と買い出しは明日にしましょう。今日は早めに休む事」
考える事、議論すべき事はまだまだある。もやもやする気持ちは皆の中にあったけどそれは疲れによるものだ。そう思い込みながら私達はそれぞれ、数日振りに宿屋のベッドで眠りに落ちる。
翌日の買い出しで買い足す物はほとんどなかった。強いて言うなら、トーロ用に替えの包帯を補充したくらい。本人は至って元気だけど、また誰かが怪我をしても困るから。
コラルへ戻る道中、ブラス所長への報告書をまとめていたカルディナさんはほとんど書き上げていた書類をトロノ支所送りにするとすぐに馬車の手配も行ってくれた。手際の良さには慣れもあるだろうけど元々の要領も良いんだろうなぁ。
「えーと……」
「フジタカ、そこ違う」
「え?……あぁ、点を付けないといけないんだっけ」
こうしてお昼前には馬車の旅を始められたのもやっぱりカルディナさんのおかげだ。快適な馬車に六人が少し狭いながら座っていても次の村に着けるというのだから、やっぱりフジタカが言っていた様に楽だ。
馬車の中で私達は手持ち無沙汰で勉強していた。フジタカとレブはオリソンティ・エラの文字について。チコとトーロはフジタカに実際に書き取りをさせ、レブは露店で売っていた安い辞書を一人で読んでいる。
「………」
「レブ、読めるの……?」
「文法の規則は先程聞いただろう。あとは単語を見て記憶するだけだ」
一応読み方とか接続詞、修飾語についての説明は最初の一刻に済ませた。それを一度聞いただけでレブは理解したと言い張る。
異世界からの客人は召喚陣を通してやって来る際、発声言語に関してはオリソンティ・エラに合わせられるそうだ。本人は自分の世界で使っていた言葉を発しているつもりでも、私達には共通の言葉として聞こえる。だから会話での意思疎通は最初からできていた。
それを直接ではなく、手紙で伝聞したりされたりする文字となれば話は変わる。もちろん、人から聞いた話を元の世界で使っていた文字で書き記せば記録はできる。異世界の他人に通じる事もないから、彼らにとっては暗号にもなるだろう。
「どうして一回で理解できるんだよ……。書いてもいない癖に」
……でも、暗号だって読める人がいないと意味が無い。やっぱり私達の世界に来てもらった以上、話すだけで済まない場合もこれから出てくる。
報告書を作成するなんてのは私達の仕事であり、レブやフジタカが腕っぷしだけで事足りるなら勉強なんて必要ない。実際、今までは必要じゃなかったしね。
私もここでは魔法を練習できない。フジタカも素振りや魔力の特訓もできない。大人しく馬車に揺られているだけの私達がうとうとする以外に有意義な時間を過ごすには、今までしてこなかった勉強をする事だけだった。




