二人の瞑想・迷走。
第十六章
ロカを出立して私達は一度コラルへと戻っていた。ロカから報告書を流すよりも、コラルの港から直接送った方が配達の手間や遅延を防ぎやすい。
再び感じる磯の香りと潮風は、つい先日の事だったのに妙に冷たく感じられた。少し、季節が変わり始めているのかも。
宿屋に入るとまずは入浴を済ませて一息。焦らない旅だとは言っても、こんなにゆっくりしていて良いのかな。少し後ろめたい気もする。
「むーん……」
「うーん……」
引け目を感じた私は宿の部屋でフジタカと唸っていた。私達二人を並べるとたちまち船酔いを連想するのは止めてほしい。まだ船には乗らないのだから。……まだ、ね。
「上半分!」
フジタカがアルコイリスを赤玉に変えて振るう。この前の戦闘で欠けて捨てようとしていた小瓶にナイフが触れると、瓶は部屋の中から消えてしまった。
「……くそう!」
「やっぱ下手だな、お前」
フジタカが狼の顔を歪ませながらアルコイリスを元の灰色に戻す。チコはそんな彼を見て笑った。
「……雷よ、レブを捉えよ!」
その二人の横で私が唸るのを止めて叫ぶ。床にぺたんとついた手から魔法陣が広がり、部屋の入り口に立っていたレブへ向かって光が一瞬だけ走る。
「ふん」
紫の竜人は鼻で笑うと微動だにせず私の放った魔法を受ける。ほんの数秒、レブに紫に光る電気が糸の様に絡まったけど消えてしまった。特に彼に異変は無い。
「そんな電撃では雷も効かぬ私は倒せぬぞ」
「雷効かないなら最初から無意味だろ、それ……」
レブが天井へ向けて笑い、フジタカが呆れる。四人で集まっていた私達は魔法の練習をしていた。特に、私とフジタカで。
「ザナ……本当に魔法使いになっちまったんだな」
「えへへ……まぁね」
一旦練習を中断するとチコが私を見て短く息を吐いた。驚くチコに私は笑顔を作って見せる。
「出すのは形になってきたな。だが、持続性が足りぬ」
「うん……分かってる」
笑っていたところにレブから指摘されて私は表情を引き締めた。自分の欠点は分かっている。
ようやく、こうして雷の魔法を確実に出せる様になってきた。問題は魔力線から自分の力を引き出すまでに掛かる時間と、レブの言っていた持続性。
まずは自分の中に手を入れて、魔力の泉から必要な分だけ掬い上げる。取りこぼさない様に力強く握り締め、それをそのまま外へと放出する。魔力を体外に解放した瞬間に広がるのが魔法陣。詠唱にぶつぶつ言うのは、握り締める際に使う手の大きさを想像し易くする為のものだ。しっかりと思い描くにはそれだけ大きな手を想像してやらないといけない。手だけ大きくても自分の中に存在する泉は限られているから、手の大きさも不必要に巨大化させる必要は無い。
私には掬い上げられる泉がそもそも大きくないらしい。なのに手だけ大きく描くから、魔法を使えはしても上手く発動しない。さっきもレブが痺れるまで電流を流し続ける気持ちでやった。結果は彼に届いてすぐに消える程度。現実と理想が違い過ぎる。
「俺の方は全然。何がダメなんだか……」
フジタカが大の字に倒れてナイフも手から溢す。私が手に取っても、取り返そうともしない。
「切り替え……上手くいかないね」
「そうなんだよ」
キリキリ、と音を鳴らしてアルコイリスの輝きを確かめる。傷の無い美しい宝石は各色とも鮮やかに輝きを放っている。
「赤が……」
「部分的に消す……つもりの時に使いたいやつ」
赤色に金属輪を合わせて呟くとフジタカが与えた役割を教えてくれた。灰色は通常用、赤色は自分の指定した部分だけ消す用。
フジタカは魔力の調節が苦手だから常に何でも消してしまう。だったらまずは気持ちを見た目から切り替えて、自身の魔力線も切り替えていければ無駄が減る。それがトロノの鍛冶屋、ポルさんの考え……なんだけど。
「できてないね」
「できてないよな」
「できぬのか」
「あぁ、そうだよ!」
私達三人から言われてフジタカが手足をくねくね動かしながら大声を上げる。……皆で言ったら悪かったかな。
切り替えたい、という気持ちを込めてフジタカも切っている。だけど気持ちと魔力線がちぐはぐと言うか、本人の中で連結させ切れていないんだ。これは私達が外から何か言っても伝わらない。本人の感覚でしか分からないものだから。
「もっとこう……自分の魔力がどこから来てるのか探るところから始めるのはどう?」
変に助言をして余計に混乱させるのではないかと思った。
「……やってみる」
フジタカも素直に聞いてくれるから周りも心配してしまう。あのナイフを使いこなしたいと考え始めた彼が、どこに行き着くのか。




