チコの新しい召喚。
ここからはもう少し小出しで「7-1」「7-2」....
なんてお話を進めていこうかと思います。まとめた方が良いとか要望があれば教えてください。
第七章
フジタカの悩み相談から一夜明けた。結局デートが何かは聞けないまま翌朝を迎えて私達は訓練場に来ていた。既にチコとフジタカも自主練習に取り掛かっていた。
そこに、普段はこの場では見慣れない紳士が一人。
「おぉ、おはよう」
「ブラス所長!おはようございます!」
手入れをしていない、と思いきやどこか自分で決めている長さがあるらしい。ザリ、と自分の顎周りの髭を撫でてブラス所長はこちらへ笑顔を向ける。
「今日はどうされたんですか?」
「チコ君が急にやる気を出して、新しく召喚をするから誰か見に来てほしい、と言ってね」
「チコが……?」
昨日フジタカと言い合いをしたばかりでどうしたのかな。まさか本当に他のインヴィタドと代替するつもりではないと思うけど。
「……それでブラス所長が直々にいらしたんですか?」
「ダメ?」
「いえ、お忙しいものだとばかり思っていたので」
「ふふん、おじさん意外に暇だよ?夕方になってから本気出す人種だし」
「駄目男ではないか」
レブ、しっ。と、言おうとして声が出なかった。
「いや、その日の仕事はその日のうちにやってるよ?仕事はできるから」
胸を張るブラス所長に私は苦笑する。ウケを狙ったのかもしれないけど、レブが全く笑っていないんだもん。
「それに仮とは言え、所属の召喚士が何かするんだ。できるだけ見ておきたいとも思うよ。他にも呼びたい人だっていたくらいだ」
考えてはくれていたんだ。ブラス所長は煙草を取り出すとマッチで火を点けた。
「ふー……」
「………」
レブは今も煙草の匂いが気に入らないみたいで、風下から退いた。
「ザナも来たな!」
少し離れたところでチコが声を張る。
「見とけ!」
チコの前に用意されたのは羊皮紙ではなく、ただの藁半紙だ。風に吹き飛ばされない様に石で押さえ付けて地面に敷くと目を閉じた。フジタカは彼の数歩後ろで剣の柄を握り陣を警戒していた。
「……………」
ぶつぶつと呟いているのは自分の魔力を高める瞑想だ。自分が召喚士としてどの程度力を持っているか陣の向こうの異世界に誇示し、何を欲しているか主張する。自分の意思でインヴィタドを引き摺り出すのが難しいなら、相手との交渉が始まる。対価として支払う魔力や、その代償にどれだけの力を求めるか。私はまだ経験がない領域だった。たぶん、チコも同じで今回はそこまで高度な召喚は行わない。
「………そこだ!」
推測通り、大した時間を要さずに召喚陣から淡い光が漏れ出し、チコの目が開いた。
「来いやぁ!」
チコが腕を高く掲げると、陣から何か飛び出してきた。
「……ふー!」
召喚に必要な魔力は並のインヴィタドを維持する魔力の数倍と言われる。フジタカの維持と、今回の召喚の差はチコ次第だが、召喚陣から光が消えると彼は汗だくになっていた。額の汗を拭うと、こちらへ笑顔を向ける。
「どうだ!見ろよコイツ!」
そう言ってチコが指差したのは半透明の軟体物質、スライムだった。桶一杯分くらいのスライムはぶよぶよと絶えず揺らめいている。
「おぉー」
「ふむ……」
髭を撫でてブラス所長は目を細める。私は感心して拍手を送った。
「フジタカを維持しながら、スライムの召喚!すごいよチコ!」
「へへ、これならもう二、三体出せる気がするぜ」
汗は引いたのか余裕すら見せてチコは笑った。フジタカに分ける魔力に、スライム分の負担も一気に掛かった。私なら立っている事もできないと思うのに。
「フジタカ!」
「……なんだ?」
スライムが暴れ出さないのを確認するとフジタカは剣の柄から手を放した。
「俺って、すごいだろ!」
「……は?」
突然の自慢に皆が目を丸くする。
「お前みたいなインヴィタドを本調子のまま、俺はスライムも呼び出せるだけの才能を半年経たずに身に着けている!それってすごくないか!」
「あぁ……」
フジタカの燃費が良い悪いって事じゃないと思う。聞いていると、フジタカ召喚や以後の消費もチコにとって負荷はあんまりないみたいだし。
「たぶん、すごいんだろうな」
「そう、俺はすごぉい!」
チコがわざとらしく偉張る。
「そんなすごい召喚士である俺は、お前を負担に思っていない。当たり前だが、役に立たないとも思っていない」
「………」
フジタカの手から力が抜ける。チコは左腕の縫った痕が残る傷をなぞった。
「俺はこれからも頑張るぞ。お前が、どんな決断をしても。今日はそれを言っておきたくて、今の召喚を見てもらった。こっそり練習してたんだぞ」
チコの言葉を聞いて、ブラス所長は煙を吐き出すと短く頷いた。
「……お前の決意はこの耳で聞かせてもらった」
「あとはお前次第、だからな」
「あぁ」
チコは返事を求めない。フジタカが迷っているのを知っていたからだ。