時を経る契約。
カルディナさんはトーロの肩を気にしていたけど村人達は納得し切れない。向こうの言いたい事も私は分かるから、少し言葉に詰まった。
このオリソンティ・エラで召喚士を目指す者は後を絶たない。その中で召喚士として生きていける者がどれだけいるか。喉から手が出るくらいになりたいと切望しても、生まれて数年経つかどうかで契約者に才を決められてしまう事も多々あるのだ。運良く契約者に才能を開花してもらい、今回再びニクス様が来訪した。その機会に、ただ指を咥えて見送るしかできないなんて私だったら認めたくない。
「………」
ロカの人々も気まずい沈黙に肩を落としながら私達を見ていた。ビアヘロの恐怖はこの場にいる誰もが分かっている。そこらへんの害獣で済めばまだ我慢や対処ができると思う。しかしビアヘロとなれば、例え子どもよりも背が低くても魔法で畑を焼き尽くす事だって可能だ。召喚士とインヴィタドでもいなければ対処はできない。
「話の途中、でした」
その沈黙を破ったのはカルディナさんだった。
「ロカでの召喚士選定試験は今から一年後に行います。契約の儀に関しても同様、来年もまた開催させて頂けないでしょうか?」
カルディナさんからの提案にロカの人々は一斉に顔を見合わせた。今回を許してもらう代わりの提案は、セルヴァにいた私やチコからすればとても魅力的だった。
数年に一度しか姿を見せず、いつ現れるかも分からない契約者が、一年も前から再訪を約束する。掴みどころのない霞の様な相手を明確に捉えられる機会はそうそうなかった。
「来年だってよ?」
「まぁ……一年なら?」
「もう一年あるなら、俺も試験受けてみようかな……」
「アンタじゃ二年でも足りないでしょ」
「なにっ!」
口々に話し声が乱雑に耳へ入ってきて私は頭痛がしてきた。だけど、皆の考え方はまとまっていた。
「……来年のこの時期にまた来てくださるのですね?」
「契約者ニクス・コントラトの名において、誓おう」
村の代表らしき男性が恐る恐る念押しする様に尋ねると、ニクス様が直々に回答した。カルディナさんを見ていた男の人も契約者自ら答えると思っていなかったのか、細めていた目をぱちくりと瞬かせる。
「あ、はぁ……。では、来年もお願いします……」
「承ろう」
堂々と嘴から放たれた一言で全てが決した。そこまで断言されては誰も、何も言い返せなかった。
村人達もそれぞれ家に帰り、私達も使わせて頂いた部屋に戻っていた。私の部屋には、引き続きレブ、そしてニクス様とカルディナさんもフジタカを連れて来ていた。五人も集まると、さすがに少し狭い。
「思ったよりもチコ、回復してなかったみたいだ。ちょっとうたた寝って言って、すぐに爆睡しちまった」
「寝かせておいてあげましょう。チコ君も頑張ってくれたんだし」
そう言えば、初めてレブを召喚した日は私もすごく眠かった。チコは一度寝てもまだ怠かったみたいだし、本当に捨て身で召喚してくれたんだろうな。
「トーロの容体はどうなんですか?」
「元々が頑丈だから大丈夫よ。……癒しの妖精でも呼んで、すぐに楽にしてあげたい気はあるんだけど」
トーロには個室でゆっくり休んでいてほしい。魔力も体力も精神力も……一番消耗しているのはたぶん彼だから。
「レブも。今日は寝ようね」
「……貴様の指示に従おう」
指示なんてつもりないんだけどな。やっぱり、連日の徹夜に少し堪え始めたのかな……。だとしたら、もう少し気を遣わないと。
「ロカ……怪しい気配はなかった、ですよね?」
確認で私が聞くと全員が頷いてくれた。
「今夜なら大丈夫だと思います」
「周りに敵意は無かったと思うぞ」
フジタカも外ではおとなしかった。彼なりに警戒してくれてたんだとしたら、私は気配も感じなかった。相手に悟られず観察する技術って猟師の才能とかもあるのかな。
「狙う隙なら幾らでもあっただろう」
「あぁ。私が狙う側なら何度襲撃したか」
ニクス様に対してレブが無遠慮というか、無礼な発言をしている。……この場にいる人達ももはや何も言ってくれない。
「……ロカはこのまま終わりそうだね」
「やり残しがあるまま、な。来年などと簡単に約束してしまって良かったのか」
ようやく心から一息吐けそうと思ったところに、更にレブがカルディナさんを見上げる。本当に気を抜くのは、まだ少し早いみたい。
「来年の予定を今から決めておきます。ロカを基準に他も合わせて計画を組めばできると思うけど?」
「他の課題も忘れるな」
ロカに来年も行くよりも、もっと優先しなくてはいけない事がある。それを忘れている者はもちろん誰もいない。




