印象は日ごろの行い。
「勝手に納得されては困るな」
そこで会話に入って来たのは、当の本人ニクス様だった。まさかの反応にレブも口を少し開いた。
「……二人と話してからだ。自分の在り方、理由……意味を考える事はあった」
「ほぉ。契約者にしては異端だな」
「レブ!すみません、ニクス様……」
ニクス様は誰にでも態度を変えない。だけどレブは違う。ニクス様に対してはどこか高圧的に接するんだから。
「良い。武王には蔑まれても当然だ。自分も、他の契約者もな……」
目を伏せたニクス様が、どこか自嘲している様に見えて私は首を横に振る。
「でも、ニクス様は違います」
「……自分の命を狙われたから、というのもあるかもしれぬな」
レブが腕組みを止めて、一歩ニクス様に近付く。
「まさか……アルパの時点で気付いていたのか」
「えっ」
アルパでニクス様の命を狙ってきたゴーレム。それは最初、レブも私もビアヘロだとばかり思い込んでいた。
ニクス様はこうなる覚悟はあった、と言っていた。自分が優先的に襲われると知っていた?最初から言っていたのはビアヘロではなく……フエンテ、だったとしたら。
「入ります」
そこにカルディナさんが扉を叩いてから入室する。私達の固まった表情を見て、カルディナさんとトーロは顔を見合わせた。
「……話は後にするか」
レブが押さえてくれる。ニクス様も頷いて顔を上げる。
「始めよう」
すぐに一人の赤ちゃんと母親が部屋に通された。敷物もない床に赤ちゃんを置いて母親は部屋から出て行ってしまう。
「え?挨拶も会話も無し?」
「契約者は儀式に集中する為に村の連中とは話さない」
フジタカが目を丸くしたけど、チコが解説してくれる。
「本当はニクス様が少し嫌がっていたから、私で説明とか済ませてただけなんだけどね」
「嘘だろ……?」
カルディナさんがクスリと笑い付け足す。フジタカはもっと目を大きくしたし、チコと私も面食らって言葉を失った。威厳漂うあの姿がただの人見知りって……。
「……今後は少しくらい、会話もするか」
「無理なさらないでくださいね、ニクス様……」
咳払いして言う本人はお茶目さも持っていると思うんだけど、カルディナさんが困ったように止める。
「イメージダウン……印象操作ってやつだ」
「ニクス様はこう!って感じあるもんね」
フジタカの言葉に少しだけ共感する。会話を楽しむニクス様も良いけど、物静かな方が当たり前になっていた。決め付け、ってのは良くないんだろうね。さっきの契約者の話も然り。
「始まるぞ。少し静かに」
トーロの低い声が部屋に広がり、私達は口を閉ざした。ニクス様がゆっくりと窓際から赤ちゃんの前へと移動する。
「………」
ぶつぶつとニクス様の嘴から、知らない言葉が絶え間なく紡ぎ出され始める。するとゆっくり部屋の空気が流れだしたのを感じたが、窓は閉め切られていた。
私も契約の儀を見るのは初めてで目を離せない。何が起きるのか、私やチコは何をされたのかを見る、良い機会だった。
「………」
ニクス様の詠唱は止まらず、少しずつ床が淡く輝き始める。それが赤ちゃんの周りを囲う陣だと分かってきた頃、光と風が急激に強まった。
私の髪とローブも風にはためき、風圧に目を細めそうになった時だった。魔法陣にも変化が起きる。
「うっ……!うぇぇぇぇぇえん!」
陣から次々光が針の様に伸び、赤ちゃんの足首に刺さり始めた。それと同時に眠っていた筈の赤ちゃんも泣き出す。血はまったく流れ出していないが急に泣き出した辺り、何らかの苦痛は伴っていると思う。
「これ……!」
「もうじき終わる」
止めなくちゃ、と思ったけどレブが私を止める。しかも、その声は妙に穏やかだった。まるで、懐かしい物に再会した様な。その横顔に私は踏み切れずに視線を前へ戻してしまう。
「うえ、うぇぇぇぇぇん!」
「…………」
その間も赤ちゃんは大きな声で泣き続けているのに、私はハラハラしながら様子を見守るしかなかった。誰も止めようとしないから余計に焦ってしまう。
「……終わった」
その時は急に訪れた。無数の光が静かに赤ちゃんの足首から抜けて陣に戻り、その陣も霧散してしまう。静寂の訪れた部屋に赤ちゃんの泣き声もしなくなっていた。
「あ、あの……」
「大丈夫よ、ほら」
私が近付こうとしたら、カルディナさんが微笑んで先に屈む。そして赤ちゃんを抱き上げると、彼女の腕の中で小さな命は手をもぞもぞと動かしていた。顔を覗き込むと、涙の跡はあるけど今は痛がっている風には見えない。




