次のお話、始まるよ。
早朝の澄んだ空気が朝霧を運び、火照る体を冷ます。自分の荒い息遣いと走り込みの足音が耳に入ってくるが、少女は構ってはいられない。
「れ、レブ……待って……!」
少女の前を短い脚で跳ねる様に走る異形。レブ、と呼ぶと紫の鱗を朝陽に輝かせて彼は振り向いた。
「どうした。まだ走り始めて間も無いのに、もう限界か」
立ち止まった怪獣は息一つ乱さずに冷たく少女を見上げていた。夜明け前に走り始めておよそ二時間。間も無いとまで言ってのける彼と対照的に少女、ザナは汗だくで今すぐにでも倒れそうだった。
「す、少し……外に、出ないか、って言うから……来たのに……!」
「天気の良い朝はソウチョーランニングが気持ち良いとあの犬に教わったから実行してみたのだ。思いの外、悪くない」
清々しい、と言わん勢いでレブは腕を高らかに上げて体を伸ばす。
「貴様は、気に入らなかったのか?」
「えっと……。こういうのは、もう少し徐々にやってほしかったかな?」
森に住んでいた頃から走る事は多かった。しかし、長距離をほぼ常に全力で走らされるとはそもそも想定していない。召喚士選定試験の時だってこんなには走らなかった。
「……そうか。ならば、今後は止めておこう」
ふと、レブが顔を背けて決定してしまう。
「……でも」
「うん?」
「朝から全力疾走はキツいけど、涼しい空気を吸いながら散歩くらいなら良い、かな」
「………」
少女、ザナにレブが振り返る。
「あのさ、誘ってくれて、嬉しかった。」
「……ふん」
鼻を鳴らしてレブは先へ行ってしまう。向かう先は召喚士育成機関トロノ支所、今のザナとレブの住む場所でもある。
走って息も絶え絶えなのに、思い出したのは選定試験の直前。もう数か月前の話なのに、今からそれが始まるのではないかと思うくらいに鮮明に記憶が蘇る。
「待ってよ」
あの時は不安と期待が入り混じっていた。なのに、今はこんなにも気は落ち着いている。少しは自信が身に着いたのかな。誰かさんのおかげで、ね。