新たな獣人。
「……レブがせっかく見つけてくれたのに……活かせなかった」
コラルの露店通りを歩きながら私が俯く。すぐにレブが回り込む様に私の視界に入って来た。
「どこかに潜んでいるのは間違いない。今回はそれが分かれば十分だ。」
殺気なら感じればすぐに気付く。レブは言って前を向いて歩き出す。
「……ごめんっ」
私の謝罪にレブが駆け出す。弱音を聞く気はない、って言ってるのかな……。
「ん」
「え」
レブが立ち止まり、その先を指差す。指し示した先は果物屋さん。
「謝意があるのなら、形で示すのが筋とは思わないか」
「思いません」
悪いと言う気持ちはあった。しかしレブの言わんとした事を察して首は横に振る。仮にそこで彼の要求を呑んでも安上がりなのかもしれない。しかし謝るのと、ブドウの提供は別物でなくてはならないと思う。
「あ、デブ!やっぱりここに来たな!」
「フジタカ……。トーロとチコも」
露店通りの角を曲がった別の通りからチコ達買い出し班が姿を現した。荷物は既に抱えており、ある店の前でフジタカが手を振っていた。
「トーロ。買い出しは?」
「ここで最後だ」
カルディナさんの質問にトーロが答えて親指を差す。
「ここで最後?トーロちん、何をのんびりしてますの。今日だって売れに売れたこの店の!掘り出し物を放置して!どこに浮気していたと!?」
店側から大きな声がした。……トーロちん?
「えっと……?」
「久し振りね、リッチ」
私がカルディナさんに知り合いですか、と聞く前に彼女は店番をする相手へ親し気に声を掛ける。
「カルもいるじゃん!お久しゅう!元気してたん?」
店の屋根に遮られて見えなかったが、何歩か前に出てようやくその姿を見る事ができた。そこで初めてくりくりした相手の目と目が合う。
「おぉ!?カワウイ女の子も!初めまして!」
「は、初めまして!」
何かの壺や刃物、装飾品を敷物の上に並べていたのは金色の毛皮を持った狐獣人。体が大きく、少し横にもふくよかな体型だけどどちらかというと親しみを感じる。カルディナさんにリッチと呼ばれた狐の獣人は私にも大きな声ではきはきと話してくれた。
「僕、リッチ・フォウクス!」
「ザナ・セリャドです」
「ザナちん!ザナちんな!覚えた!」
ざ、ザナちん……?薄手のベストだけ羽織ったリッチさんは自分の腹を叩くと笑った。
「いきなりお客さんをザナちんなんて呼ぶのはいかんか!なぁ、ミゲル?」
リッチさんは後ろを振り向くと、後ろから赤い長髪を後ろで束ねた目の細い男性がぬっと出てきた。ずっと屈んでいたらしく、私の位置からはまったく見えなくて気付かなかった。
「どれ……お、本当に可愛いな!いいんじゃないか、ザナちんで!」
「やっぱし!だよねー!」
最初は下唇を突き出して手に持った小瓶を睨んでいたのに、私を見た途端にリッチさんと同じ様に目がくりっと丸まって笑う。この人が……ミゲル、さん?
「ほいよ、トーロ。斧の錆止め」
「すまん」
自己紹介も程々に持っていた小瓶をトーロへ差し出す。代金を支払い受け取ってから再度こちらを向いた。
「毎度ご贔屓に!……やっべぇよリッチ。錆止めの在庫が切れちまった」
少し強気なお兄さんという印象だったけど、話してみるととても人懐こそうに笑顔を見せてくれる。その笑顔を曇らせながらリッチさんに耳打ちするけど、筒抜けだった。
「はぁ!?ここの出店、あと三日あんだろ?どーすんだよ!」
「だからお前に聞いてんだろ?」
「それもそうか!ハッハッハァ!」
怒鳴ったかと思えば、今度は二人で大きな声で笑い出す。地声が大きいんだろうな、この人達。
「いやー、どうしたら良いと思う?えーっと、じゃあフジタカ!」
「お、俺!?ま、まずは仕入れ先に連絡して……って、携帯とかないし……」
リッチさんから急に話を振られてフジタカが困っている間に、私はミゲルさんとカルディナさんに向き直る。少し気になっていたんだ。
「あの……」
「お、どうしたザナちん!何か欲しいか!」
呼び方に慣れないな……。いつにない呼ばれ方。しかも会って数分なのに。
「………」
黙ってるけど、なんだかレブからの視線が痛い。後ろからビシビシと感じているんだけど、とりあえず流す。
「あの……ミゲルさんも召喚士、なんですか?」
「おう!」
即答されてこちらが面食らってしまう。
「彼はアーンクラの反対側の港町で召喚士に合格したの」
「アスールってんだ!行く事があれば、海で泳いでってくれ!」
言って、ミゲルさんが左手に巻いた黒い革腕輪を見せてくれた。たぶんそれがアスールの召喚士証という事になる。トーロからの支払いの時に目に入って少し気になっていたんだ。
名前は聞いた事があるけど、アーンクラの反対ってピエドゥラを越えてずっとずっと先に行った港町だ。……船に乗らないで泳ぐだけなら、大丈夫かな。




