備えあればなんとやら。
「食事も良いが、のんびりしているわけにもいかないんだぞ」
口を拭ってトーロが話を戻す。
「ロカって村に出発……の前に準備しないとな」
フジタカが腕を組んで上を見上げる。
「トーロ、財布は預けます。ここはインヴィタドでも……」
「買い物ができる、だな。そう言えば前も来た事があったな」
そう言う事、と言ってカルディナさんはトーロへ財布を預けた。
「買い出しは任せます。……頼めるわね?」
「分かった」
任せる、と言ったからにはカルディナさんは別の事をするみたい。
「私は港で乗客にアマドルとレジェスの情報がないか夕方まで調べてみます」
「そんな事できるんですか?」
私の質問にカルディナさんは頷いて片腕を掲げてみせた。
「……確率としては半々。そして、私が名簿から見つけられるかになれば更に半分……いいえ、それ以下の確率でしょうね」
だけど、と言って彼女は掲げた腕に嵌めた腕輪を撫でる。
「海を渡るのはタダではない。……この腕輪の効果は知っているでしょ?」
「あ……!」
私は気が付いてチコの顔を見る。向こうも、腕輪を見て数秒経って声を洩らした。
「これ!ブラス所長が言ってた!」
「トロノの召喚士の証。これを巻いて買い物すると二割くらい安くなる……」
微妙だけど、実際に効果はあった。トロノでは使えたけど……。
「これ、アーンクラやコラルでも……?」
「割引の効果は担当者に依るかな。実はボルンタ大陸側で召喚士になった人はトロノの腕輪で割引してくれるし、こっち側でなった担当者は通常価格だったり、そこはまちまち」
儲けもあるんだからそこは明確な基準が要るんじゃないのかな……。
「だが召喚士の証は身分として持ち歩ければ、この世界では優遇されるだろう」
レブの推察にニクス様も同意する。
「だから聞くなら“最近、トロノの召喚士証を持った客がいなかったか”だな」
値切りして船に乗ったかではない。それを持ち歩いている誰かがいなかったか。それを確認するだけでも随分乗客も絞られてくる。
「船舶停の調査には私と……ザナさん、来てくれる?」
「はい!」
私にできるなら手伝いたい。買い出しだってあまり大きな荷物になると持てないし。
「では、役割を二分するのだな」
レブの確認に全員が小さく頷く。
「フジタカは俺と一緒だ」
「え?おう……分かった」
トーロに言われた時、微かだがフジタカと目が合った。もしかして調査の方が良かったのかな?確かに、勉強になるのはこっちかもしれない。
「チコはどうするの?」
「俺……」
交互に私とトーロを見るチコ。
「チコも一緒に行こうぜ」
「……分かった。ザナ、俺は買い物だ」
フジタカの誘いにチコがほっと表情を緩めて乗った。
「うむ……」
「レブ?」
レブが腕を組んで唸っている。珍しく、何かに迷っている様だった。
「貴様、私に財布を預けてみる気はないか?」
「今日のブドウは食べたでしょ」
はて、そうじゃったかのう……なんて、おとぼけを言ったりしない性格なのは私が一番分かっている。そんな迷いなら、私が断ち切ってあげるんだから。
「……ならば貴様と共に行こう」
不服そうだなぁ。買い物はもう男手揃ってるよ。
「では、ニクス様は……」
「調査に同行する」
カルディナさんがどうされますか、と聞く前にニクス様は答えていた。
「宜しいのですか?その、私達で……」
日中なら仮に襲われても、フジタカと一緒にいた方がここぞという時に一撃が光る。トーロだって戦闘経験は豊富だ。
それに対してこちらは戦える戦力はレブだけ。数で押されてもレブ一人はどうにかできるかもしれないが、ニクス様の護衛までするとなれば話は変わってくる。
「日中は襲われまい。たとえ特異の刃を持つ狼がいなくとも平気だ。襲われるとすれば今日の暮れからだ」
「買い被られてんな……」
フジタカは言うけど、向こうは少なからず意識していると思う。アルパの事件ばかり取り上げられるけど、ピエドゥラではゴーレムに完勝しているんだから。
「……貴方さえ良ければ、だが」
「私に拒否する理由は無い」
ニクス様とレブの視線が真っ直ぐにぶつかる。しかしすぐにニクス様の方から目を逸らすと立ち上がった。
「ロカの村へは馬車は使えなかったな」
「はい」
ロカへは整備されてない細道や川が続いているとは聞いた。でも、馬車が使えないって言ったらセルヴァよりも辺鄙な場所なのかな。……でもセルヴァは道が広くて勾配も急じゃなかったもんな。
「てことは、歩きで行くんだな」
「三日あれば着くわ。我慢してね」




