腹を満たせば戦はし放題!
第十三章
身支度を終えて食堂に入るまで、私が考えていたのはただ一つ。胃袋を満たす事だけだった。
疲れと体調不良が勝っていた昨晩は成す術も無く眠りに落ちるだけだった。その中でレブには一人で見張りをしてもらって悪かったとは思っている。
「遅い」
既に座っていたレブは自分の隣にあった椅子を軽く叩く。明らかに睨んでいるが、そこに座る様に勧めてくれているらしい。
「女の人は色々準備があるんだよ。特に良い女ってのは……なぁ?」
レブの向かいに座っていたフジタカはゆでた卵の殻を剥いていた。
「ふむ」
何故か納得しかけているレブの隣に座る。私は異を唱えたくてフジタカが剥いてくれたゆで卵を取り上げた。
「フジタカ?言っておくけど美人か美人でないかではなくて、女性は等しく準備に追われているの。そこに特別なんてないんだからね。いただきまぁす」
「あ!俺のタマタマゴぉ!」
タマと言うには楕円だよ。塩を先端にまぶしたから良いしょっぱさ。
「そう言う事です。ほら、トーロ!もっとそっちに詰めて!」
「あ、あぁ……」
お尻で突き飛ばす様にカルディナさんがトーロを押し退け椅子に座る。こっちだって待たせてる自覚はあったのにそういう言い方するんだもん。
「……っく。ぷは……」
それにしても、卵を一つ食べただけでも違う。胃が食べ物で満たされる。満たされた上に定着し、体の中で分解されて栄養に変わっていく。どうしようもない揺れの暴力に逆流させられる事のない、味わう事ができる幸せを痛感していた。
「美味しい……!」
空腹感が一気に襲ってきた。テーブルに並べられた料理を見て、匂いを嗅ぐだけでもお腹が鳴ってしまう。
「あ……!私、先に食べちゃった!すみません……」
ニクス様や他の皆も待っていてくれたのに、着いたら早々私だけ。
「気にするな。私達も食べるぞ」
「俺のタマタマゴ……」
「また剥けばいいだけだろ。ほら」
レブの一言に皆が食器に手を付ける。フジタカ、ごめん……。貴方がチコからもらったゆで卵は取らないから。
朝食は岩塩と胡椒で濃い目に味付けして焼いた豚肉と野菜をパンで挟んだサンドに生野菜。それとゆで卵に根野菜のスープだった。胃酸で荒れたお腹に流し込んだスープは少し沁みた様な気がする。でも、温かくて優しい味だった。
「港町なんだから、魚ってわけじゃないんだな」
「魚の揚げ物があるのだけど、今の貴方達には負担だと思うわよ?」
カルディナさんがサンドをかじりながら答える。トーロは生野菜を頬張りながら頷いた。確かに、スープでさえも沁みる私達に揚げ物は辛い。フジタカも思うところがあったらしく、何も言わない。二人で大変だったもんね……。
「空腹なのは分かるが、胃が驚いて逆効果になる。程々にしておけ」
「うん……って、レブは食べるの早いね」
言っている間にレブは二口でサンドをぺろりと食べてしまう。口の開き方が私達とはそもそも違う。あぁ、そんな事言ってる間にフジタカだって半分以上を口に突っ込み、牙で裂いた。
「ゆっくり味わえ。……今度は急かさん」
「……うん」
レブのお言葉に甘え、私もカルディナさんも自分たちの食べやすい速度で味わいながら食べた。見ると、トーロとニクス様も比較的ゆっくり食べていたみたい。
「食べたね、フジタカ!」
「あぁ!もうほんとーに生き返った感じ!肉の油が俺のエンジンに火を点けた!」
他の皆は食事をしつつ船旅をしていただろうけど、私とフジタカはそうはいかない。だからこそ、食後の果物を食べながら私は彼としみじみ今日の食事を振り返った。知らない表現も使われたけれど、私達が今考えているのは食への感謝の念だ。
「ふ、食を謳歌しブドウを味わう……確かに、この上ない贅沢なのかもしれぬな」
「自分は船でもトロノでもずっと食べてたでしょう」
後から聞いたけど、船の食堂でもブドウを寄越す様に船員さんに言ってたって。私が寝ている横でやたら食べてると思ってたんだ。寧ろ優雅に穏やかな海を見ながら食べるブドウも美味しかったんだろうな、レブにとっては。
「ずっと食べながらも、私は常にブドウに感謝しているぞ」
「美肌に疲労回復効果もあるしな」
妙に詳しいけど、フジタカもブドウが好きなのかな……。そこは同意しちゃうし……。
「これだけ味わい深いのだ、虜になるのも無理はないと思わぬか」
「虜になった人が言ってちゃ意味ないでしょ、それ……」
私も美味しいとは思うよ。だけどレブみたいに隙あらば食べていたい、食べているかと言われれば違う。レブもよく飽きないよなぁ……。




