酔い覚まし。
トーロを残し、レブが外へ出る。見張りは一人で大丈夫か、と声も上がったがそれは頼む相手を見て言ってもらいたい。……いや、見てもあの姿じゃ説得力に欠けるかな……。
しかし私達の中で微かな不安視はあったものの、レブの戦績を疑う者はいない。まして少なくともニクス様を誰にも気付かれずに仕留められるなんてヘマは絶対にないと言えた。私もレブも、他の皆も同意の上でその日は床に就いた。
「……うっ」
早めに休んで私は窓から差し込む陽の光に目を眇めつつも開ける。朝を告げるには強烈な光が私を温めてくれていた。
「あっ!朝!」
穏やかな暖気を擦り付ける様に腕で顔を拭ったが、時間を考え跳ね起きる。部屋にいたカルディナさんも目を擦り、眼鏡をかけて起き上がる。私が起こしてしまったらしい。
「カルディナさん!おはようございます!」
「ザナさん……おはよう」
まだはっきりと目が覚めていないのかカルディナさんの頭はまだ揺れていた。あれ、いつもはもっとハキハキしてたと思ったのに。
「あ、あの……ニクス様は?」
「え?ニクス……様?はっ!ニクスさ……きゃあぁ!」
急に動き出してバタン!なんて大きな音を立てカルディナさんがベッドから落下する。私も毛布を退けて立ち上がる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「わ、私よりもニクス様を!早く!」
「あ、え……?」
凄い剣幕でカルディナさんが言うものだから、思わず走り出しそうになってしまった。しかし、落ち着いて数秒。物音はほとんど聞こえない。
「……静かですね」
「あれ……」
カルディナさんもボサボサの髪を掻いて眼鏡の位置を直す。
「騒々しいぞ、どうした」
聞き馴染みのある声が部屋の外からした。私はカルディナさんをそのままに一人で扉を少しだけ開ける。
「……おはよう」
「まだ着替えてもいないのか。熟睡していた証拠か」
「うん……」
すぐに紫鱗の塊が足元に見える。レブは私の挨拶は無視してこちらを見上げていた。
「って!ニクス様は?無事なの?」
「無事でなければ起こしているに決まっている」
……そういう事なのは分かるけど、答えになっていないんだってば。
「無事なんだ。……良かった」
「奴ならとうに起きている。……平和に越した事はないが、見張った意味もなくなってしまうのがな」
レブは夜の間、見張りながら何をしていたんだろう。コラルの散策とかしてたのかな。
「ありがとう、レブ。お疲れ様」
「この程度、労われるまでもない」
言ってくれるのは助かるけど、押し付けてしまったのはこちらだ。
「カルディナさんと身支度したらそっちに行くね。あぁ、体調はもう平気みたい」
ふと自分の体を確認する。握った掌に感じる確かな力みの手応えに冴える頭。体への不快感はもう全くなかった。
「うむ、ならば待っている」
レブはあっさりと部屋の扉を閉めてくれた。……ニクス様が起きてからずっと部屋の前にいたのかな、もしかして。
「ニクス様なら無事だそうです」
「そう……良かった」
切り替えて報告すると、ベッドに座っていたカルディナさんが胸に手を当て微笑んだ。
「嫌な夢でも見たんですか?」
「最悪。トロノが火の海になってニクス様が誘拐される夢だった」
よく見ればカルディナさんの前髪がしっとりとした汗で額に張り付いている。私が夢もみないくらいに寝ていた横で悪夢にうなされていたんだろうな。
「でも、そんな事はさせない。私達と、貴方達がいるんだもの」
「はい!」
夢はどこまで行っても幻だ。それを証明するのが現実の痛みを伴った力だ。
「レブ達、たぶん食堂に集まり出しますよ。急ぎましょう」
「男って急かすばっかりで、こっちの事をあんまり考えないんだよね」
「そうですね」
今取れる最善の策は、疲れが取れた体へ栄養を補給する事。それが相手に立ち向かう力に変換される。一夜を明かすだけで気持ちはだいぶ晴れやかになっていた。
ロカに向かう私達にできたのは恐れる事よりも立ち向かう為に開き直る事だった。ソニアさんが言っていた。気を付ける相手はビアヘロだけではない。それは契約者を狙う召喚士以外にも気を付ける必要があると言い換えられる。
危険はどこにでも潜んでいる。杞憂に終わったコラルでの一夜から朝陽を迎えた私達はもう後ろから刺される事へ警戒はしても怖がらない。
下手にこちらへ態勢を立て直す余裕を与えてくれた相手の鼻を明かす日はそう遠くないと、その時の私達は思っていた。




