温存の弊害。
「君とも、また話したいからな」
「え……」
ニクス様が、私達の約束を覚えてくれていた。それが少し意外で私は合わせた目を離せなかった。
「……グォッホンっ!」
「は!あ……」
背後から聞こえたレブの咳払いで我に返る。
「あ、あの……すみません!それも船でできたかもしれないのに……ずっと酔ってて……」
言い訳じゃないけど乗馬も馬車も平気だったのにな。だから大丈夫だと思ったらあの有様。レブも言っていたけど本当に情けない。
「気にするな。誰にでもある事だ」
「……はい!」
ニクス様に許して頂けた。契約者に目的意識などない、とは言われたけど彼はやっぱり私からすれば少し特別というか。話していて妙に緊張してしまう。
「気にするなら、今夜をどう明かすかだ」
レブが話を切り替える。と言うか、脱線しかかった話を戻してくれたんだ。
「言っても、デブは温存しときたいよな。なんてったってゴーレムを一発でぶっ壊せんだから」
「それなら無理だぞ」
フジタカの意見をレブは一蹴して鼻を鳴らした。
「は、はぁ!?なんで!」
「あの状態の消耗に……耐えられないんだ」
フジタカとチコが目を丸くしてレブを見るけど、彼が答えないから私が。カルディナさんとトーロは落ち着いている。
「レブが全快じゃないの」
「ザナじゃなくて、デブが?」
私は頷く。
「正確には両方だ。よもや貴様も、その体調で私の本気を維持できるとは思っていまい」
仰る通り。レブが、とは言ったけど私だって酔いが抜けない今は無理だ。
「私は見ての通りの体調だし……レブもあの日から魔力が全快になってないの」
「竜の回復が追い付かない程の消耗だったのか、アレ……」
フジタカが思い返している。私だってあんなに鮮烈とは言え、一瞬の出来事。大丈夫だろう、と思っていたのは間違いだった。
フジタカがアルコイリスを受け取った日でさえ、レブの魔力が本調子でないのは分かっていた。本人は口に出さないし、回復は着実にしているから平気なのかなと思っていたのもある。
しかし実際はアルパの再現も今の私達ではできない。たぶん、姿を変えて、飛び上がるかどうか、という瞬間には戻っている。レブにも私にも無茶が過ぎた。
「私の覚悟を契約者に見せただけの事。次は他が気張れ」
「気張れってお前なぁ!」
何かしないつもりもない。レブも私も、普通に魔法を使う分には問題ないし。だからその中で自分達に何ができるか見出さないと。
「こうして見ると、頼りになりそうで随分偏りがあるわよね……」
カルディナさんの呟きに上手く言い返せない。だって事実だもん。
「さっきは温存って言ったけど、デブが超強くなれる条件について相手が知らなきゃデブを前に置けばハッタリにはなるんじゃないか?」
レブとチコが首を横に振る。
「悪くはないが、半々だと思うぞ?」
「は?なんで?」
「ゴーレムを一撃で破砕……それも、物理的にやってしまったのだ。余程強力な魔法を使ったと思われているだろう」
そこでフジタカも気付いたのか、あ、と大きく口を開く。
「連発できない」
そうだ、とレブが肯定した。
「いくら希代の特待生と言っても、まだなりたての召喚士だ。波状攻撃をすれば、と考えているかもしれん」
そこでニクス様が地図を畳む。
「考え出せば果てはないぞ。ロカに向かう事に変わりはない。迂回するわけでもないのだからな」
「出会えば叩く。単純な話か」
レブって落ち着いてはいるけど好戦的なんだよね。……ティラドルさんにその辺も聞けばよかった。元気にしてるかな。
「ならば、今夜の見張りは俺がする。お前達は休んでいろ」
言って、見張りを申し出てくれたのはトーロだった。
「寝ずの番なら、私の方が適しているぞ」
話にレブも加わってくれる。だけどトーロは眉間に皺を寄せた。
「アンタは魔力が全快じゃないんだろ?」
「消耗したのは魔力だ。寝れば回復するものでもない」
レブの返答にトーロが顔から皺を消して目を見開いた。
「そうか、専属契約しているから召喚士は関係ないのか」
「召喚士は見ての通り休養が要るが、一晩もあれば解決する。そうだな」
レブの目がギョロリと動いてこちらを見るので、私はコクコクと頷いた。
「数日振りに揺れぬベッドで寝れるのだ。しっかり休め」
「うん……」
レブが背中を向ける。そうか、今夜は地面にしっかり着いて寝れるんだ。寝心地なんて考える余裕もなかった。だけど言っておかないと。
「レブ、ごめん。今日は休むね。……見張り、引き受けてくれてありがとう」
「……言われるまでもない」




