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ドラゴ・インヴォカシオン-アラサーツンデレ竜人と新米召喚士-  作者: 琥河原一輝
アラサードラゴンと狼男子高校生、海路を往く
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船よ、止まれ。

                          第十二章



 旅、というのは人を開放的にすると誰かに聞いた。もしかしたらフジタカかな。

 だけど、私達は今その解放を別の方向に使ってしまっていた。

 「う、うぇえええぇぇ……」

 自分の喉から出たとは思えない声に驚愕しながら私は船の厠に向かって吐瀉物を出し続けた。私の背はレブがさすってくれている。

 「出せる物は出し尽くせ。吐き出せる時に出さないと、後が余計に辛いぞ」

 最初に私の異変に気付いたのも、厠へ連れて行ってくれたのもレブだった。遅れてやって来たフジタカと言えば……。

 「げぇーっ!」

 ……木の板で区切られてはいるが、同じ様に吐いていた。

 港町、アーンクラに着いて早々に私達はニクス様の予定通りに船へ乗った。その数時間後、私とフジタカの体調に異変が生じてしまう。

 「うぶ……!」

 「下手に耐えるな!」

 船酔い、という言葉は知っていたがここまで症状が重く酷いものとは知らなかった。絶え間なく進む船に揺られて私はすぐに立って歩くこともままならないくらいに気分が悪くなった。気の遠くなる不快感にどうしようもなく吐き気が襲い、結局はこの有様だ。

 「うえええええ………っ!」

 レブに言われた通り……というか、我慢仕切れずに遠慮なく生ゴミを落とし込む。何をどうしても溢れる胃液と涙。見られたくなくとも、出てしまうのを抑えられない。

 「……それで良い。出し尽くしたらうがい用に水は用意してある」

 「うぐ……!」

 用意の良いレブにはもう、お詫びの言葉しかない。朦朧とした意識の中でもなんとか顔を厠から離して向き合う。

 「ご、ごべんね……デブ………」

 レブは困った様に笑った。

 「貴様にまでデブと言われるとはな」

 「ち、ちが……!」

 そんなつもりで言ったわけじゃない。顔を横に振ると、くらくらして倒れそうになってしまう。

 「分かっている。だから、無理はするな」

 「う……げぇぇぇ……」

 醜いだろう、臭いだろう、耳障りだろう。止められない嗚咽に余計惨めさを感じながらも私は体が船を拒否するままに吐き出し続けた。

 「………う…っぷ……」

 「気が付いた?」

 気絶していた様で、私は目を開けると船室にいた。ランプが照らされている辺り、時間は少なくとも夜になっているらしい。

 「カル、ディナ、さん……?」

 「あぁ、無理して起きないで。このまま寝ても大丈夫よ?」

 カルディナさんの声がするから間違いない、ここは私と二人の船室だ。ニクス様が一室、レブとフジタカとチコにトーロを入れた四人部屋が一室。残りの私とカルディナさんの二人部屋が一つ。計三部屋を借りていた筈。

 ……頭が、少しずつ冴えてきた。私は枕を立てて、背を枕に預けて上半身だけ起き上がった。

 「あれ……レブは……」

 二人部屋だ。普通レブはいない。だけど、私は自然にレブの姿を探していた。

 「彼なら、さっきまではここに居たわ。だけど、ザナさんの表情が和らいだと判断したみたい。今は隣の部屋に居ると思う。……呼ぶ?」

 私は首を横に振った。

 「いえ、いいんです……。ただ、気になっただけですから」

 さっきまでは居てくれた。……もしかして、魔力線の繋がりが安定したから戻ったのかな。そこまで万能の繋がりとは思っていないけど。事実、私はレブの不調を感じ取れないもの。

 「……具合はいかが?」

 カルディナさんが優しく微笑む。私は深く息を吐き出し頷いた。

 「少し……落ち着いた様に思います。もう、これ以上は出せませんけど」

 「そうよね」

 出し尽くしてすっきりしたとは思う。体調から言えば、きっとまだ歩く事はできないけど。

 「カルディナさんはすごいですね……。船酔いとかはしないんですか?」

 「んー……そうね、小さい頃は少ししたかな。だけど、自然と平気になっていったの。ほら、初めて乗るわけでもないから」

 「そういうものですか……。すみません……」

 慣れが肝心、って言いたいみたい。私はまさか自分がこんな思いをする事になるとは思っていなかった。

 「やっぱり、体質なんでしょうね。私は昔から気持ち悪くなる事はあっても吐いたことはないし」

 聞いただけでも羨ましい。この苦しみを分かち合えるのはたぶん今はフジタカだけ。

 「医療室もあるのだけど……」

 「今は移動したくないです」

 「そうよね」

 カルディナさんがくすりと笑う。凛とした印象があったけど話してみるとその表情は華やかに変わる。自分の体調が悪くてもその笑顔で落ち着きを取り戻せた。

 「早く着かないかな……」

 今の私は到着を急いでもらうことばかり願ってしまう。早く大地を踏み締めたいと恋しくなる日が来るとは昨日までまったく思っていなかった。

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