不機嫌なチコ。
「それで?血糖値ってのが高いと何か問題でもあるの?」
私が聞いてみるとレブはうむ、と仰々しく頷いた。
「代表は乾燥肌や口腔乾燥症だそうだ。疲労も蓄積しやすく、勃起不全や不整脈といった症状も起きる。視力の低下も招くらしい」
「ねぇ、今変な事もさり気無く言わなかった!?」
繰り返さないけど!絶対に繰り返さないけど!自覚はあったのか顔を背けてるし!
「……いざ、来るべく日に備えて私は血糖値を下げておかねばならん」
「よく分かんないけど、食生活に気を付けるって年寄り臭いよ……?」
しかもブドウ一筋じゃ結局栄養も偏るし。もう一粒もいで私が頬張ってもレブは何も言わなかった。
「………」
レブの血、か。そう言えば私は一度レブの血を舐めてるんだっけ。
「どうかしたか?」
「ううん」
少なくとも甘かった記憶はない。味わう余裕なんてあの時はなかったけどね。
自分にレブが流れ込んできたのはよく覚えている。嚥下して、じんわりと温かく、どんどん熱く全身を巡っていったあの感覚。思い出すだけでも、少し胸が熱くなる気がした。
「おーい、ザナ!デブ!」
聞こえてきたフジタカの声にレブと一緒に振り返る。歩いていたのはシャツ一枚にズボンとかなり軽装のチコとフジタカだった。
「二人ともどうしたの?」
「お前こそ。チビとブドウ食べてるなんて暢気なもんだな」
私達の横を通って橋を渡ろうとするチコの刺々しい言葉が痛い。
アルパを追い出されてからチコは少し気を張っている時が多かった。表向きでフジタカはゴーレムを仕留め損ねたと言う人もいる。インヴィタドの失態は召喚士の失態と同様扱いされてしまうのが気に入らないみたい。
「運動もその分している」
「そういう事じゃないってば。……どこか行くの?」
先に行くチコの少し後ろを歩いていたフジタカが足を止めてくれる。
「ポルさんとセシリノさんのとこだよ。アレが仕上がったってさ!」
「え!私も行きたい!いいかな?」
「もちろん!」
私が立ち上がるとレブはブドウを食べ尽くして残りの軸部分は足で掘った穴に埋めてしまった。……路上に投げ捨てるよりはいいけど大丈夫かな、今の。
「レブも行くよね?」
「行く」
フジタカもそうこないと、と言って笑った。
「フジタカ!お前のだろ!早く来い!」
「分かってるって!……じゃ、行こうぜ」
私とレブもフジタカに続いてポルフィリオさんとセシリノさんの鍛冶屋へと向かった。その間、チコが口を開く事はなかった。
「おぉ、お前達か!よく来たな!」
「こんちゃっす!」
フジタカの挨拶に続いて私とチコも頭を下げる。出迎えてくれたのはドワーフのおじさん、セシリノさんの方だった。
「おーい、ポル!フジタカだぁ!」
「はいなー」
工房の奥へと声を張るとすぐに返事が返って来た。やがて簾を開けて出てきたのは声の主、ポルフィリオさんだった。
「なんだ、大勢だな」
「すみません、ポルフィリオさん。私達が無理についてきたんです」
私とレブを見てポルフィリオさんはタオルで汗を拭う。奥で炉に火が入っていたのだろう、熱気が伝わってくる。作業の邪魔をしてしまったかな。
「……ポル、で良い」
「……はい、ありがとうございます。えっと、ポルさん」
ポルフィリオさん改めポルさんは短く言って目を逸らした。
「だっはっは!ベッピンさんに相変わらず弱いな、お前は!」
「うるさい」
セシリノさんは大いに笑ってポルさんに駆け寄り背中をバシバシ叩く。照れてる、と言うよりは素で物静かなのかな。
「……と、そうだ。コイツを受け取りに来たんだよな?完成してるぜぇ!」
「おぉ!」
ポルさんを放してセシリノさんが小箱を取り出す。その中身を見て、フジタカが声を上げる。
「さぁ、お前のだろ?持ってみろよ」
「あ、あぁ!」
急かすセシリノさんに言われるがまま、フジタカは中身を取り出した。
「………」
フジタカが取り出したのは、ポルさんに預けた彼の何でも消すナイフだった。ポルさんがアルパからの帰り道に言ったのだ、数日でいいからナイフを貸してくれ、と。最初は断ったが、契約者との同行を言い渡されてから出発準備の間までならとフジタカから条件を出したと後から聞いた。
するとポルさんは俄然やる気を出したらしい。楽しみに待っていろと言って持ち帰り数日。遂にそれが今日仕上がったそうだ。セシリノさんもフジタカの持つナイフの仕上がりに満足したのか、鼻の下を指で擦って笑う。




