熱い抱擁。
現地の人間と触れ合った異世界の竜人が、再会の約束を誓う場面。素直な言葉選びができなかったにしても……それじゃ締まらないよ、レブ。
「お代はいらないよ!持ってきな」
「……有難く頂戴する」
「頂戴する、じゃないでしょ!お支払いしますってば!」
レブが普通に受け取ってそのまま歩き出そうとするから私は頭が真っ白になった。いや、レブが食べるんだし、私が払うんだから先に行っても良いんだけどさ!
「いいのよ、ザナちゃん。いっつもご贔屓にしてくれたお礼なんだから」
「おばさん……」
ルナおばさんの優しさに、少し胸が温かくなった。……だけどレブは背を向けて歩き出している。
「レブちゃんと仲良くね。私、ああいう素直じゃないけど可愛い子は好きよ」
「……はい!お元気で!」
私は最後に頭を下げてルナおばさんとお別れした。トロノに戻れたら、きっとまた来よう。
「レブぅ……」
「情けない声を上げるな」
追い付くとレブは既にブドウを何粒か口に入れた後だった。手を伸ばしても、サッと腕を反対に伸ばし私から遠ざけてしまう。
「……ルナおばさん、レブの事が可愛くて好きって言ってたよ」
私の報告にレブの目がこちらを向く。
「聞こえていた。……私の方が数百倍は長生きしているというのにな」
ブドウを無邪気に食べる自分の姿を見て言いなよ。……見た目が伴っていないのは、私のせいだけどさ。
「……それに」
「それに?」
レブが顔を背けた。
「……本命は別にいる。好きと言われても、困る」
「………」
本命って……私?と聞けなくて私だって困った。そんな自惚れた発言はできないし、珍しいレブの冗談にしても何も言わないと寒く感じてしまう。……冗談で言ったりしないのは分かっているけど。
「………」
「あの……レ…」
「……ふん!」
レブが急に速足になって私を抜く。しまった、反応が遅かったんだ。
「ごめんってば、レブ!」
「今ここで謝るな!」
ピョンピョン跳ねる様に通りを行くレブを小走りで追い掛ける。道行く人にはブドウを持って走るブドウみたいな怪獣を追い掛ける変な人とか思われているんだろうな……。
「レブ!待ってってば……!」
「ならば捕まえてみるのだな!」
本気のレブならとうに逃げ切られている。だけどある程度の距離を保って走っていると気付いた。
「……!」
向こうからの挑戦と気付いたからには、こちらも本気を見せないといけない。川手前、以前レブとフジタカで座っていた場所の近くで私は勝負を仕掛けた。
「捕まえたぁ!」
「っ……!」
一気に速度を上げて私は前へ飛び込み、レブに腕を伸ばした。体力が無尽蔵、とはいかなくても長さは負けてない。
レブが声を洩らし、とった!と確信した私は腕に力を込めて自分の方へと引き寄せた。勢いのままレブの背中が顔面に叩き付けられる。だけど、やった。
「ちょっと……なんで逃げるのさ!こっちは謝ってるのに!」
土手に転がる様な状態だが、レブはブドウを守っていた。
「怒鳴っているではないか」
誰のせいよ。
「……もう、しばらくルナおばさんのブドウが食べれないんだよ?」
「だから、貴様と早くここで食べたかった」
レブの手が私の手をぽんぽんと軽く叩く。そこで、ずっと私がレブに抱き着く形になっていた事に気付いてしまった。
「レブ……?」
「……貴様も食べるか」
レブがブドウを一粒もいで私へ差し出す。何故か私は人通りを気にして周りを見回した。
「……いただきます」
何人か橋を渡っている人はいたが、私達を気にしている様な相手はいない。気にされていると無理、ではないが妙にそわそわしながらレブからブドウを口に入れてもらった。
「……美味しい」
皮に歯を立てると、甘酸っぱい果汁を口中に広げてくれる。その果汁の味を濃厚にした実はぷるんと柔らかく、噛む毎に爽やかな香りを私の体中に運んでくれた。
「そうだろう」
レブも口に入れて目を細めて笑う。
「買ったのは私でしょ」
「この実を育てたのは貴様ではない」
……その通りだけど。不毛な言い合いはいいや。ブドウ美味しいし。
「また食べたいね」
「同感だ。ブドウは血糖値も下げる素晴らしい果実だ」
「……ケットーチ、ってなに?」
決闘するのかな、と思ったけどこの疑問の持ち方には既視感がある。
「犬ころが言っていた。ブドウは血糖値を下げるし、皮はポリフェノールが多いと」
「また意味の分からないことを……」
前から思っていたけどフジタカの言葉を割とレブは受け止めて、使いたがる。堅苦しさの中に妙な言葉遣いが混じっていると大抵フジタカ譲りの言葉なんだから。ブドウは色合いが自分に似ていて美味しいから好き、でいいと思うんだけどなぁ、私は。




