決めた一撃。
急に視界が開く。それと同時にレブの速度も緩やかになった。
「着くぞ」
「あ……」
ぽつぽつと森の奥から見える光。それは決して温かで穏やかな光ではなかった。
目的の無い、道具として機能を制限されない火がアルパに点在している。火は自身が尽きるまで周りを取り込み、少しずつ広げて大きくなっていた。
勢いを増した火はいつしか尽きる事を忘れ、全てを焼くまで止まらない。今、私が見ているのはそんな火だった。
私が火を見て立ち尽くしていると、背中がとん、と叩かれる。
「しっかりせんか」
「レブ……」
ハッと気付くと、周りの音が戻った。視界も鮮明になり、自分がどこにいるのかも自覚する。
「ビアヘロは?」
「アレだ」
レブの指差した先に居たビアヘロは姿は違えどゴーレムだった。さっき見たビアヘロとは別個体の様だけど、やっている事は変わらない。
「いやぁーっ!やめてぇぇぇぇぇ!」
絶叫する女性が懇願してもゴーレムの腕が家を薙ぐ。一軒だけではない、一撃で三件の家の屋根が吹き飛んだ。
「あ、ああ……あ……」
エルフの女性は口元を押さえて座り込んだ。目から涙が流れてももう声も出ない。
「逃げてください!早く!」
「ああ……私達の……家……」
無理に立ち上がらせると、若いエルフの男女が力を貸して運んでくれた。再びビアヘロを見据えると私はゴーレムが何かを見ていると気付く。
「れ、レブ……!あそこ!」
破壊された家の中央、木片がバラバラと転がる中に一人、倒れている人影があった。
「あそこに居るの……ニクス様だ!」
倒れていた人影は特徴的で見間違う筈はない。炎よりも美しい羽を持つ鳥人、契約者ニクス様がゴーレムに狙われていた。
「何をしている……っ!」
レブが飛び出し、ゴーレムとニクス様の間に入る。レブが滑る様に椅子の脚だったものを蹴とばすとニクス様は意識を取り戻した。
「う、うう……」
「避難先が真っ先に壊されたのでは話にならんな」
レブの皮肉にニクス様は身を起こす。しかし、その場から動こうとしなかった。
「早く逃げんか」
このままじゃゴーレムに叩き潰されてしまうだけだ。ゴーレムはレブに狙いを変えると、腕を横に薙ぐ。
「ちっ」
舌打ちをして横に転がり、何とか避けるとレブは奥のニクス様を睨む。
「聞こえなかったか」
「……こうなる覚悟はあった」
「え……」
ニクス様の口から聞こえた一言に私は口を挟めなかった。
しかしレブは躊躇う事無くニクス様の胸ぐらを掴んだ。小さな体でニクス様を大きく揺する。
「ならばここで果てると言うのか」
「………」
「朽ちるのはお前の勝手だ。だがな、火種を撒いた責任は取ってからにしてもらおうか」
レブの後ろでゴーレムの左腕がゆっくりと振り上げられる。
「レブ!後ろ!」
私が叫ぶのとほとんど同時だった。
「ティラ!犬を寄越せ!」
「御意!」
上空から微かに聞こえた声。そして何かが下りてくる。
「う、おぉぉぉぉお!」
違う、落ちているんだ。ティラドルさんから投下されたフジタカは既にナイフを展開している。
「消えろぉぉぉ!」
ゴーレムがフジタカの声に反応して顔を上げるがもう遅い。ナイフが振り上げられた左腕に触れる。
「間に合え!」
私が叫ぶと、触れた腕が消えた。
「よっしゃあ!」
ヴンと音を立てて消えたのを確認し、そしてフジタカはゴーレムの背、腰、足を蹴って落下の衝撃を吸収させて無事に着地した。
そう、着地してしまったのだ。左腕だけ消えたゴーレムがそこにいてくれたおかげで。
「え……?」
フジタカも異変に気付く。顔を上げて、ゴーレムの頭にある核らしき部分が光る。
「避けんか、馬鹿者!」
「うっそぉぉぉぉ!?」
残った右腕が斜めに振り上げられる、フジタカを狙ったのだろうが角度のせいで届かない。レブが言っていなかったら間に合わなかったかもしれない。
「もう一撃……ぃっ!」
フジタカが果敢にナイフをゴーレムの足へ走らせる。だが、ガガガガと音を立て白い線がひょろひょろと伸びるだけ。
「駄目!消えない!」
「時間切れかよぉ!」
ナイフを畳んでフジタカは身を低くするとゴーレムの明確な殺意を込められた腕を躱す。
「よっとっと……」
立ち上がって後退したフジタカは数歩で岩に追い詰められて背中をぶつける。
「あれ?」
しかし、アルパの中にフジタカを邪魔する程の大岩なんて存在しなかった。それに気づいてフジタカと私が顔を上げる。
断崖絶壁の様に立ちはだかっていた岩の頂上から、赤い光が漏れる。それも、ゴーレムと気付いた時には隻腕のゴーレムがフジタカに迫っていた。
「マジか……!」




