迫る影。
「私はレブに言っているんだよ」
「あの犬ころは触れた瞬間に消し去るからな。ティラの言う通り、やつよりは時間が掛かるな」
「またそんなヒネた答え返しちゃって」
ああ言えばこう言う、というのも分かってはきた。
全員で奥に進むと鉱夫らしき人が数人、固まって縮こまっていた。怪我人は見当たらない。
「静かになったが、ビアヘロはどうしたんだ……?」
「退治した。このフジタカが、な」
「痛ッ」
鉱夫の質問にトーロが答え、フジタカの肩を叩く。前につんのめる形になってフジタカは避難していた人々を見渡した。
「えっと、ポルフィリオさんって人はいるか?」
集まった人を見回しながらフジタカが言うと、一人が前に出る。
「俺だけど」
頭にタオルを巻いた、少し小柄な男性が前に出る。一つながりの作業着に身を包んだその人はフジタカの前に立つと訝しむ様に見た。
「……アンタが、フジタカ?」
「うっす。セシリノさんと会ってた時に話を聞いて来たんだ」
工房の妖精の名を出すと男性、ポルフィリオさんの目が揺れた。
「アイツ……見た目に反して心配性だからな」
トロノで暮らし始めて随分経つが初対面だった。私達よりは年配だけど、思ったよりも若い。
「……てことは、そこの召喚士」
「は、はい!」
ポルフィリオさんの目が私を向く。
「アンタが今日、俺の工房見学予定者だったやつか」
「はい!あ……私と、もう一人いるんですけど……」
チコ、そろそろ追い付いてきたかな……。先に話し始めてごめん。
「ふーん。ポルフィリオ・ブルゴスだ。助けに来てくれてありがとよ」
「いえ。こちらこそ遅くなってしまって……」
ぶっきらぼうに返すポルフィリオさんは黒ずんだ手袋を外して握手を求める。握り返して見た顔に表情はあまりないけど、悪い人じゃなさそうだった。
「すっぽかして悪かった。また時間は作る様にする」
「ありがとうございます!」
言って、他の鉱夫達も少しずつ帰る荷造りを始めた。ビアヘロが暴れた後だ、掘った坑道も崩落しないとは限らない。
帰り道もフジタカは他の皆に囲まれ質問攻めにされていた。レブはそれを離れて見ているだけ。
「気になるの?」
私が声を掛けるとレブは足を止めずに目だけ向ける。
「……犬の事ではない」
「じゃあ、何さ?」
レブがの答えでは足りないのでもうひと押し、と思ったその時、外から爆音が聞こえた。
「レブ!?」
「ここからでは分からん!」
私が最後まで言う前にレブが答える。レブとティラドルさん、少し遅れてフジタカとトーロも外へ飛び出す。
「あれは……」
もうもうと土煙が上がり、大勢の鳥たちが暗い空を不吉に覆っていた。続いて出てきた鉱夫や技師も煙を見て声を洩らす。
「び、ビアヘロだ……」
「そうだ、あれは……」
「ビアヘロ……」
もう一度煙が舞う方向を見る。……うん?あっちって……。
「……レブ、アルパって……」
「貴様の想像している通りだろう。……あの方角は、さっき通った集落がある」
ざわっ……と足元から頭上まで全身に悪寒が走った。
「お願いレブ!連れてって!」
「乗れ」
半ば飛び乗る様にレブの背中に体を預ける。すぐにレブが指示を出しながら走り出す。
「ティラ!陽はまだあるだろう!犬ころを連れてビアヘロを!」
「御意!」
ティラドルさんがフジタカの服を、フジタカは必死にティラドルさんの首に手を回す。すぐに羽ばたいて鳥達よりも上空へと向かう。
「牛男!こちらへ向かっている犬の召喚士と、ティラの召喚士を保護しろ!」
レブが命令すると並走していたトーロが手斧を抜いた。
「俺も戦う!」
「鉱夫達もいるのを忘れたか!全員で動くな!」
「……くっ!」
トーロが脇道へ逸れてチコとソニアさんとの合流を優先させると、レブは速度を上げた。
「っ……!」
ピエドゥラに向かう時よりも早い。レブが急いでくれているのがよく分かる。
「まだ速く走れるが……」
「なら、お願い!到着するまで私の事は気にしないで!」
レブに回した腕に力を込める。
「……殺す気か」
「ご、ごめん!」
レブがボソリと言うので私は慌てて力を緩めて位置を直す。
「これで良い?」
「……あぁ」
短い返事の後、レブがさらに加速した。本当に、振り落とされるのではないかと思うぐらいの勢いで。
耳に入ってくる雑音の中に、段々と悲鳴が聞こえてきた。この前の子ども達の様な声ではない。大人達が圧倒的な存在にただ身を震わせた時に出す声だった。




