インヴィタドだらけ。
「伏せろ、フジタカぁ!」
「うっ……!?」
フジタカがゴーレムに踏み込む直前、坑道の中から叫び声が聞こえた。意図してやったか、足をもつれさせてしまったかは分からないがフジタカは転ぶ様にして倒れる。
「ど、どぅわぁぁぁ!」
一秒の間も無くフジタカの頭上をゴーレムの腕が勢い良く振り抜かれた。そのまま走っていたのでは、彼の腹から上が吹き飛んでいた事だろう。
「早く立たんか!」
坑道から姿を現した牛獣人が再びフジタカに怒鳴る。
「だぁぁぁってろ……よぉ!」
ペッ、とフジタカが倒れて口に入った泥を吐き捨て跳び上がる。ゴーレムの腕が戻ってくるその前に。
「いっけぇ、フジタカ!」
「おぉぉぉぉぉぉ、りゃあっ!」
左の掌を柄の底に押し付け、右手で構えたナイフをゴーレムに突き出す。キン、と音がしてナイフの刃はゴーレムの岩の中へは入らない。
「ギ、ギギ……ギ……」
だが、いつもと変わらない。フジタカの何でも消すナイフは“何でも”消し去る。そこに例外は無かった。ヴン、と短い音を立てるとゴーレムはその場から一瞬にしていなくなる。あたかも初めからそんなものはいなかったかの様に。
「………」
サッと風が流れてフジタカの毛並みや尾を揺らす。実際は違ったのだ。
坑道の入り口を支える木枠はベキベキにへし折れている。カラカラと石が転がり落ち、このまま放って置けばそれほど待たずに崩落するだろう。見れば、既に瓦礫と化して埋まってしまった坑道らしき物も幾つか先にあった。ゴーレムが残した傷跡は大きかった。
「……助かった。トーロ、ありがとう。あと、怒鳴り返して悪かった」
「気にするな」
やっと出てきた牛獣人、トーロを見てフジタカの肩からふっと力が抜けた。私とレブ、ティラドルさんも二人の元へ小走りで駆け付ける。
「フジタカ!やったね!」
「おう!サンキュ」
フジタカが軽く上げた手に、私も手を叩く様に合わせる。
「動けば援護する間も無い迅速な対応だったな」
「犬ころの足元に石ころを生やしたのは牛男、お前だな?」
フジタカの不自然な転倒をレブが指摘する。トーロは頷いてフジタカの肩を叩いた。
「あのままじゃ危険だったからな」
「でっけぇ足も動き出してさ。踏み潰されるかと思ったぞ。泥とか砂も口に入ったし」
ゴーレムの腕の勢いは恐ろしかったけど、あれをナイフで迎撃したらどうなるのだろう。やっぱりすぐに消えちゃうのかな。それとも、動いていた勢いは消せずに吹っ飛ばされてしまうのか。
「そうだ、ポルフィリオさんは?」
「……お前、ポルと知り合いなのか」
ナイフを畳んでフジタカがトーロに尋ねる。意外な名前が彼の口から出てきたせいかトーロは目を丸くした。
「今日、セシリノっておっさんと会ったんだ。それで工房の見学をしてたらゴーレムが暴れてるって聞いて」
「そうか……。すまんな、わざわざ」
トーロが手斧の柄を撫でた。
「ポルなら無事だ。この先の坑道の奥に、別の召喚士や技師達と隠れさせている」
「じゃあ、全員無事なんだな!?」
「あぁ。塞がれた坑道はあるが全部繋がっているし、一つ二つ塞がっていても問題は無い」
トーロが坑道の奥を指差す。明かりが延々と続き、その先は暗いが人のいる気配はあった。
「お前にしては情けないな」
「……そうだな」
坑道へとゆっくり入るとトーロはティラドルさんの言葉に表情を渋くした。
「突然現れたビアヘロに何もできなかった。魔法を使ってもゴーレムの体を削るどころか、取り込んで肉盛りしてしまう勢いだった」
動いていて損耗した体を自力で周りの土から補填するゴーレムがいると聞いた事がある。通常のゴーレムは消耗すれば壊れるだけだ。地属性の魔法を操るトーロにはだから余計に厄介なビアヘロだったんだ。
「こうした急なビアヘロと臨機応変に戦うための護衛だったのに、実際は役立たずだった」
「……そうでもない」
ティラドルさんが口を開く。
「その場でできる最善を尽くした。だからビアヘロから召喚士達を守れた。……違うか?」
「………」
トーロがぽかんと口を開けてティラドルさんを見ている。私もてっきり力不足だったとか厳しく叱責すると思っていた。
「なんにせよ、間に合って良かった。フジタカのナイフが使えなければ我らでも時間が掛かっただろうからな」
「お、俺?」
ティラドルさんが話をフジタカに戻す。
「レブはどう思っているの?」
「……。私よりも、功労者を労いたいのではないのか」
トーロとティラドルさんにフジタカが挟まれている間に私はレブの横に移動した。レブが一歩離れてフジタカを見詰めていたからだ。




