物陰でこっそりと。
「まったく」
「ぷは……!ちょ、ちょっと!なに、アレ……!?」
トーロは顔を押さえて首を横に振った。
「随分と耳が良いんだな、ザナ」
こういう騒がしい場所に長い時間いると耳が痛くなるのは当然。耳掃除もそれなりにしてたけど、少しカルディナさんの声が高く……艶っぽかった。
「は、話を逸らさないでよ。二人は……」
「あの二人なら、お前が召喚士になる以前から交際している。……ほとんどの人には話していないが気付いている者もいるだろう」
見てしまったからには分かり切った答え。だけど、あまりにも不意の光景に私は頭が回らない。
「なん、で……?」
「カルディナの男の趣味まで俺は把握していない。ニクス様の好みもだが……」
私の漠然とした質問にトーロが気まずそうに角の埃を取り除く。……こうしている間にも二人は抱き合っているのかな。レブもトーロと並んで私に路地の方を向かせない。
「最初はザナ、お前と同じだ。誰よりも契約者に憧れていたカルディナは、ふとした任務でニクス様と同行する事になった。その時にはもう、俺も召喚されていた」
だとしたらカルディナさんが浄戒召喚士にはなる前後くらい、かな。
「あの頃は俺以外に魔法を使える戦士が少なかった。で、その後何が起きたとは言わんが……二人は段々と距離を縮めた。それが今に至る訳だ」
詮索するのが野暮なのは分かっている。だけど、肝心の部分を大胆に端折られていて伝わらない。
「そんなの……」
「大事なのはこれまでじゃない。今の二人にある互いの気持ちだ。……シタァの宣伝文句らしい」
「う……」
変な言葉の濁し方。でも、これ以上トーロの口から教えてくれる気は無いみたい。
「あの二人のおかげで俺は大変なんだぞ?契約者の護衛任務を引き受け続ける為に、何度体を張って死にかけたか」
「あぁ……」
セルヴァに来るまでだって、相当苦労したんだろうなぁ。思い返せばトーロは生傷の絶えない戦いの日々に身を投じていた。
「ビアヘロだけじゃないぞ。契約者の護衛には本人からの信頼と、力を勝ち得なければならない。信頼はともかく、力を見せ付けるのがな……」
ニクス様に愛されているカルディナさんが信頼されているのは分かる。トーロは今度は他の召喚士が出すインヴィタド達よりも契約者に自分が相応しいと示さないといけなかった、か。だったらティラドルさんやライさんみたいな、元から強い種族や契約者護衛任務の経験者は障害だったのかな。
「まだまだ、力が足りないと焦りはある。今も事が事だけに、こんなに大所帯だしな」
「でも今日まで一緒だったんでしょ?」
あぁ、と言ってトーロは腕を曲げて力こぶを膨らませる。
「カルディナはニクス様と愛し合っている。そこに身売りして取り入ったなんて言った連中はこの腕で黙らせた」
「逆効果じゃないの、それ……」
それだけ二人は本気だし、トーロも二人を信じているんだろうな。
「……問題はカルディナだ。きっと今の行為を悔いるぞ」
「どうして?」
何度目かの質問にトーロは腕を下ろしてこちらを向いた。
「言っただろう。今の俺達には使命がある。それを忘れていなくとも、観光地で浮ついた行いをした」
「そんなの気にしないのに。ねぇ?」
「他人が誰と番おうと私には関係が無い」
レブの言い方は乱暴過ぎる。私だったら素直に祝福する。それに、せっかく来たのならちょっとなら遊ぶ時間があったって良い……と思うのは甘え、なのかな?
「あの二人は煮え切らないからな。俺も買い物の折に少し見て見ぬフリをしたが……カルディナから頑張ったらしい」
「わぁ、大胆!」
この町なら少し裏に入れば皆が抱き合っていそう。あの二人……今までずっとひた隠しにしてきたのなら、とても抑圧されていたんだろうな。
「人目や体裁も気にならなくなる何かがあれば良いのだろうに……」
「そう上手くはいかないんだ……?」
契約者は見ての通り、人間ではない。この世界の役割を担う契約者とただの人間が愛し合うなんて、普通では考えられないんだろうな。
「こうなれば既成事実……できちゃった婚だな」
「レブ」
なんて言葉遣いをするの……!トーロは咳払いをすると路地へ目を向け、軽く手を払った。
「戻って来た。……すまんが」
「分かってる。他の人には内緒、だよね」
トーロは無言が無言で頷いたので私とレブは背中を向けて歩き出した。すぐに背後でカルディナさんの声が聞こえた。
「ごめんトーロ。その……」
「はぐれなければそれで良い。次の店は向こうだ」
カルディナさんに何かについて謝らせる前にトーロが話を遮った。彼も見なかったフリを貫いてくれるらしい。だったら下手に私達だって出てこない方が良い。どうせ後で会うんだしね。




