じつは。
「………」
「………」
話もせずに歩いている男女って私達くらいかな。いや、話はしたいんだけど何を話せば良いのか分からない。
そもそも、私達は周りに召喚士とインヴィタドとしてしか見られていまい。ならばその通りに振る舞うのが自然か。
「あの小僧や獅子の召喚士に落ち着きが無かった理由がこの観光地か」
私達の担当は保存食の補給。定規で引かれた綺麗な線と案内の書かれたカルディナさんお手製の地図を頼りに私とレブは歩いていた。買い物も半分程回ったところでようやくレブはシタァを観察し終えたみたい。フジタカへの説明を聞いていたからこの町がどういう観光地かも知っている。
「レブはあんまり興味無さそうだね」
「そうだな」
レブはすれ違った恋人達を横目に見てから短く息を吐いた。
「して、あの岬に行けば挙式できるのだな」
「言ってるそばからやる気出さないでよ!」
って、シタァ名物来てみたもののしょうもない喧嘩をして破局する恋人みたいに見えてないかな……。周りを見ると幾つか視線がこちらを向いていた。
「……あのね、挙式は予約も詰まってるしお金だっていっぱい必要なんだよ?」
あの岬で結婚式なんてできるなら今頃こんな固くて保存に良いパンなんて買っていない。毎日歩きながら豪勢なお肉と高級ブドウ酒を煽っていられるよ。
「そこまでしてこの地に拘る理由があるらしいな」
言われて思い出すと私はこめかみに指を当てた。ええと……。
「大昔の話。この町の砂浜に、遭難して沈没した船から運よく脱出した二人の男女が漂着したの。その二人は船では面識が無かったけど、近くにいたからって理由で互いの手を取っていた。シタァで療養しているうちに二人は惹かれ合って、あの岬で男の人が結婚を申し込んで女の人は快諾。末永く幸せに暮らす二人を見て真似した人がいた」
「成功例を模倣し、結果が積み重なってしまった、か」
「そういうこと」
自分でも印象に残っていたのはセルヴァでも昔話で村の大人達に聞かされたからだ。今でも思い出せたという事は私にとっても引っ掛かる部分はあったらしい。
話の続きをレブは気付いたが、どうやら求婚して断られた例はしばらく無かったらしい。しかも円満な家庭を皆が築いたとあれば自然に海を越えて噂は伝播し、今では愛し合う者達の聖域にまで上り詰めている。他にも契約者がその二人を祝福したとか、二人は鳥になって飛んで行ったとか地方によっては亜種も存在する。私が知っている話だって正しいか怪しい物だ。
「だが、実際に地脈は存在する。この地がオリソンティ・エラの縁を集わせ、結ぶのに適しているのかもしれない」
「そういうのは強制的に集める物じゃないよ。大事な人って言うのは気付いたらそんな存在になっているんじゃないかな」
私にとっての誰かさんや、誰かさんにとっての私みたいに。
「気持ちを高めるだけであり、基は前から在るのだな。無から有が成せぬ様に」
回りくどい表現しちゃって。でも、そういう気分になる状況を作るのならシタァは良い町なのかもね。
「出会いを求めて歩いてる人もいるみたいだけど……あっ」
わざとこの地で出会いから恋に落ちて結ばれるまでを実践しようとする人もいるらしい。だけどその成功確率はグン、と下がるらしい。
そんな中で私にも出会い発見。買い物を分担したトーロが路地に立っている。
「トーロ!」
「おぉ、ザナか」
トーロが片手に持っていた鞄はカルディナさんの物だ。しかし持ち主の姿は無い。
「……あれ、一人?」
「いや、二人もいる」
二人?あぁ、そうだ。トーロ達とはニクス様も一緒に来てたんだっけ。
「もう……」
「まだ少し……」
雑踏の中、二人の声がトーロの背後から聞こえた。私はヒョイ、とトーロの横をすり抜ける。
「あ、おい……!」
「カルディ……」
何故かトーロが声をひっくり返したが構わず一歩奥に。私はカルディナさんを呼んで途中経過の報告でもしようと思った。
「ナ……さ、ん?」
しかし、それはできそうにない。路地裏の影で、カルディナさんがニクス様を抱き締めていた。ニクス様も、同じ様にカルディナさんの背中へ腕を回している。力強く、愛おしそうに。
「むふぐっ……!」
どんな表情をしているか捉える前に無音で急に私の口が紫の大きな手に塞がれる。レブの手だと気付いた瞬間にはグッと引き寄せられて数秒と保たずに私は路地から姿を消し、大通りに戻っていた。
「……向こうは気付いていない、な」
トーロが胸を撫で下ろす。私は息が詰まり始めて、レブの手を軽く叩くと退かす様に促した。




