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波にさらわせ届ける歌。

 「門を管理しているのだ、向こうを観る術ぐらいはあったのかもしれんな」

 オリソンティ・エラでは対抗できない事象に立ち向かう為に私達はインヴィタドを呼び出していた。だけど、その自分と違う世界を私達は見た事が無い。契約者は異世界を渡る術を持っているそうだが、私達はこの世界に魔力を対価に引き込むだけ。

 「レブの住んでた世界か……。どう見えるんだろう。いつか、行ってみたいな」

 溜め息を吐いたレブは頬杖をついて私を見た。

 「私はその時、貴様と共にいないぞ」

 「ど、どうしてさ。色んな場所があるんでしょ……?」

 どういう場所でレブが生まれて、育って、何を見ていたのか。そんな空気に触れる事もレブは許さないつもり?ブドウ程じゃないにしても美味しい食べ物とか……。

 「忘れるな。私は貴様と専属契約を結んだのだぞ。もうこの世界に体が縛られている」

 「あ……」

 そりゃあそうだ、カドモスにまで言われてたし。これでは私がレブを置いて行ってしまう。

 「まして、ただの人間ではあの世界に留まれないぞ」

 「……レブの召喚士って事で通してくれないかな」

 やっぱり好奇心というか、どうしたらレブみたいな育ち方をするんだろうって思っちゃうし。しかしレブは目を大きく開いてから大きな声で笑った。

 「クク……フハハ!ハハハハハ!」

 「笑い過ぎじゃないの!?」

 レブにしては派手過ぎる。そんな大口を開けてゲラゲラ笑う人じゃなかった筈だ。

 「いや……その通り、貴様はただの人間ではないな。この私を召喚して魅了し続けているのだから。ハハ……ハハハ」

 「……もう」

 まだ笑ってるし。でも、その姿にさっきまで真剣に思い詰めていたのがふっと軽くなった。

 「だったら、いつかもっと遠くまで行ってみようよ」

 「まだ食い下がるか。私は構わないがな」

 やっと笑い止んでくれたレブに改めて。そう言うけど、当たり前だよ。

 「だって、レブと一緒がいいな」

 ピタリとレブの垂らしていた足の動きが止まった。

 「もっと同じ景色をレブと見たい。レブと一緒に飛んでそう思ったんだ」

 「………」

 フジタカやトーロじゃ真似できない。ううん、仮にニクス様やティラドルさんに抱えられたってこんな風には思えなかった。

 「同じ物を見て、違う感想なんて言ったりしてさ。そうやって……もっと一緒にいたい。そんな事を考えてた」

 「私は常日頃から考えている。だが……」

 今日は妙にレブの方が言葉を選んでいる様に見えた。

 「だが……何?」

 「いつになく積極的だな」

 こういう時に限って冷静に私を見ているんだから……!レブの指摘に私は夜風の冷たさを忘れる程に顔を熱くした。

 「ふ……ふん!」

 「ふん」

 私が顔を背けるとレブは鼻を鳴らしながら笑った。そのまま会話は終わってしまったが沈黙は訪れない。

 「ふん……ふふ……ふふんふ……」

 レブが鼻歌を夜の海へと漂わせる。いつの頃か、前に聴いた時と同じ歌だったとすぐに気付いた。

 「ふんふふ、ふん……」

 同じ様にレブは音を奏でて首を微かに揺らしている。何の歌?と疑問を呑み込んで私は船縁に腕を乗せた。

 「ふんふ……」

 「ふふふんふふ……」

 閉じていたレブの片目が開き、続いて歌い出した私を見る。どんな歌か、意味は知らずともそんなのは大事じゃない。私はその歌を聴いて、あのひと時で覚えてしまったのだから。

 「ふふんふふふ……」

 「ふふんふっふふ……」

 二人の鼻歌が重なって夜に溶け込み更けていく。初めて聴いた時は静かに聴き惚れるので精一杯だった。だけど今は少しだけ変われたかな。

 レブの鼻歌を聴けたのはその晩だけだったけど航海は続く。その間にライさんの傷の様子も見ていたが、縫合はされながらも傷痕は残るだろうとトーロに言われていた。

 気を取り戻そうとしたのかフジタカは文字の勉強や、レブの足にしがみ付いて滑空して遊んでいた日もあったが、確実に心身に刻まれている。取り繕ってもふとした時に綻びは姿を現してしまう。

 一週間半の航海を終える頃には一日中あまり具合が悪くない日も出てきた。慣れと言えれば良いが、やはりカンポに向かう時とは比較的海が穏やかなままでいてくれたのが大きい。なんとこれだけの航海で私は一度も吐いていなかった。頭痛はしていたがニクス様の羽の効果は私達には絶大だったと思う。羽が無ければどんな事態になっていたかなんて想像もしたくない。

 ニクス様は自らガランに渡ると提案していただけあって、ずっと部屋でカルディナさんと打ち合わせをしていた。部屋から出てくるのは食事の時間ぐらいで陽もほとんど浴びていなかったんじゃないのかな。

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